ドロンと消える
「ちょっと主人が待ってるって……どういう意味ですか夜切さん!」
「そのままの意味だ。主人がお前に会いたがっている」
「会いたがってるって……それなら乙女ちゃんは⁉︎」
「……」
丘夏の質問に答えないまま、夜切は奥へと進んでいく。
そして廊下の一番突き当たりの部屋に辿り着くと、夜切はそのドアを指差した。
「ここだ。さっさと入れ」
丘夏はようやくそこで夜切の腕を払う事が出来た。
「説明してください! 乙女ちゃんをどうするつもりですか! それにどうして那須野家の社長が僕に会いたがってるんですか!」
「安心しろ、別にお嬢に危害をつもりはない」
「じゃあどうして……」
「その辺は会えば説明してくれるはずだ」
「夜切さんが説明してくだ……って、消えた⁉︎」
正面にいた夜切が一瞬の内に姿を消したのだ。
慌てて見渡すが、姿ところか気配もしない。
「忍者かあの人は……!」
ツッコミを入れるが、廊下に丘夏の声が虚しく響くだけだった。
しかしどうする。夜切さんがいなくなったなら乙女のところに向かうか……いや、まずは部屋に入るべきか。
少し悩んだ後、丘夏は目の前のドアノブに手を触れた。
……入ろう。夜切の言う通りなら中にいる人物、那須野家の社長が説明をしてくれるはずだ。
固唾を飲み込んで、ドアノブを捻る。
ドアを開けた先には──
「よく来ましたね、鴻野山丘夏君」
花屋で会った時の中年男性がそこに立っていた。
ほんの少し、丘夏は動揺した。
「まさかとは思いましたけど、やっぱりあなたが……」
「おや、その言い方だと私に気がついていたのですか?」
「偶然、あなたが落とした名刺を見つけましてね。何の確証もありませんでしたけど」
拾った名刺には『烏山』と明記されていた。
今言った通りに偶然同じ名字、というのも考えられたが……にしては『烏山』という名字は珍しすぎる。
つまり──
「ええ、そうですよ。君の予想は当たってます。私が──那須野グループの社長、烏山政です」
この男が乙女の父親、というわけだ。
「それで、僕に何の用があってここに呼び出したんですか? ……いや、それより乙女ちゃんをどうするつもりですか?」
ぴくり、と政の眉がつりあがる。
が、すぐに表情が元に戻る。
「……別に乙女をどうこうするつもりはありません。私はただ君と話したいだけです」
「ならまず乙女ちゃんをあの部屋から出してください。そして──乙女ちゃんと会ってください」
「……それは出来ない」
「どうしてですか! 乙女ちゃんは覚悟を決めてここに来たんだ! その覚悟を父親であるあなたが蔑ろにするつもりですか!」




