あの少女の名は
少女の手が虚しく空を切る。
伸ばされた手は掴まれる事はなかった。
その後少女は酷く悲しそうな顔をしたかと思ったら、えんえんと涙をぽろぽろと零し、泣きじゃくった。
『──さん……! ──さん……!』
私はそんな少女の様子を傍からじっと見ていた。
どうしてこの少女はあんなにも泣いているのだろうか。
何が悲しかったのだろうか。何を悲しんでいるのだろうか。
誰もいない場所に向かって少女は一体どうして手を伸ばしたのだろうか。
何か訳があったのだろうか。
私には、分からない。
『待ってよ……! 待って……!』
少女が泣き出した理由も、少女がどこに向かって手を伸ばし続けているのかも、少女が何者であるかも分からない。
何も……分からなかった。
『お願いだから……! ──さん……!』
分からないまま、私は少女を見ていた。
声をかける事もなく、ただただ見ていた。
多分、伸ばされた手は誰にも握られる事はない。
だから少女はずっと泣き続けるのだろう。
だから少女は──
※※
「またあの夢……」
目を覚ました乙女は額に滲んだ汗をぬぐった。
どうしていつもこんな夢を見てしまうのだろうか。
よく分からない、少女の夢。
一人暮らしを始めるようになってから乙女は度々この夢を見ていた。
その度に疑問に感じる。
あの少女は一体何者なのだろうか。
そして少女は誰に対して必死に呼びかけているのだろうか。
「……分からないけど、何だか胸が痛い」
ズキリと軋む胸を押さえながら乙女は一人ごちる。
ストレス、というやつだろうか。下野荘に来てからそんなものとは皆無なはずだが……。
ではどうして自分はこんな夢を見てしまうのだろうか。
考えても思い当たる節がまるでなかった。
その時、玄関からチャイムが鳴った。
「……? 丘夏かな?」
昨日、情けないところを見せてしまった辺り、顔を見せにくいのだがまさか居留守を使うわけにもいかない。
仕方なしに乙女は玄関のドアを開けた。
するとそこには予想通り丘夏が立っていた。
「おはよう乙女ちゃん」
「……おはよう丘夏。どうしたの?」
「頼みがあるんだ。部屋に入らせてもらってもいい?」
「……構わない。けど、私に頼み事?」
丘夏が乙女に頼み事をするなんて滅多にない珍しい事だ。
一体、どんな頼みなのだろう。
首を横にひねる乙女に丘夏は真剣な表情で言った。
「──乙女ちゃんのお父さんに会うのに協力してほしい」




