苦手だからこそ……
放課後、日が沈みかけた夕方。
今日はそういう日なのか、アパート前で丘夏はまた乙女に出くわした。
「乙女ちゃん、今帰ってきたの?」
背後から声をかけると、乙女はびくりと肩を跳ね上げさせた。
振り向いた乙女は心底驚いた顔をしていた。
「……びっくりした」
「いや、そこまで?」
丘夏としては決して驚かせようとして声をかけたわけではないのだが。
「丘夏が私の背後にいて、体を触ってこないなんて……」
「乙女ちゃん。僕に対する認識についてちょっと話が」
「拒否する」
「なら仕方ないね」
拒否されたのであれば仕方がない。
諦めて本当に今度から尻でも触ってやろう、と丘夏は決意するのだった。
「で、今学校から帰ってきたの?」
「ん、そう。今日は何にも予定がなかったから……」
「今日はゲーム三昧だヤッホイ、とか絶対思ってるよね」
ピクリ、と乙女の体が反応する。
「……思ってない」
「今、見逃せない間があったよね。というかそれなら課題をやってからにしなよ。中間、赤点取ったんでしょ」
「いーやーだー」
抑揚のない声で駄々を捏ねる乙女に丘夏は呆れ果てた。
同時に美少女は子供のような事をしても可愛く見えるものなんだなぁ、と心の中で呟き、美少女万歳、と叫んだ。勿論、心の中で。
しかし、いくら可愛かろうがここで甘やかしたら乙女は将来、きっとダメ人間になってしまう。
ここで丘夏は乙女に言ってやらねばならないのだ。
「今月にだって期末テストがあるよ? 乙女ちゃん、このままだったら赤点取って補習や補習に追われる事になっちゃうけどいいの?」
「それは嫌。ゲームの時間が潰れる」
「なら勉強しようよ。いくら乙女ちゃんが勉強が苦手だったとしても、今からやれば赤点なんて余裕で回避出来るよ」
「丘夏」
乙女が急に真剣な表情になり、言った。
「私は確かに勉強が苦手。中学でもテストで赤点をバンバン取ってた赤点常習犯だし、補習担当の教師に顔と名前まで覚えられた可哀想な子」
でも、と乙女は拳を握り締める。
力強く、血管が浮き出る程、強く強く、握る。
「それ以上に私は勉強する事が大嫌い……!」
「そこまで?」
握った拳から血を流したり、目から血の涙を流さないだけ立派だと丘夏は思った。