始まりはその名前
丘夏が下野荘に帰ると、玄関前で乙女とばったり出くわした。
「あ……丘夏。帰ってきた」
「それはこっちの台詞だよ乙女ちゃん。今までどこに行ってたのさ」
問い詰めると、乙女は露骨に目をそらして言った。
「秘密」
「秘密って……そんな言い方したら余計に気になるよ」
「でも秘密」
「……今度、ケーキを作ってあげるって言っても?」
「絶対言わない。でもケーキはもらう」
「ケーキは欲しいんだね……」
頑なに口を割らない乙女に、丘夏は先ほどの穂花の話を思い出す。
乙女が誰かと付き合う事になったら……。
丘夏はそれを頭を振って消し去る。
そんな馬鹿な事、起こりうるわけがないのだ。
「まぁ、いいや。それより僕の部屋の前にいたって事はまたゲーム?」
「そう。……今夜は寝かせない」
「うわー、本来言われて嬉しいはずの台詞なのにまったく嬉しくないのはなぜだろう」
明日は午後起きになるだろうな。
そんな事を憂鬱に思いながら、丘夏は部屋のドアを開ける。
「ただいまー」
「……おじゃまする」
「おかえりー」
瞬間、丘夏と乙女の二人は「ん?」と顔を見合わせる。
今明らかに二人の声以外のものが混じっていた。
確認するように部屋の奥まで進むと、その正体が分かった。
「よう。遅かったな」
そこにはまるで部屋の主であるかのように聖が中央で寝転がって漫画を読んでいた。
「なんだ聖か。誰かと思ったじゃないか……」
泥棒かと思い、身構えたのが馬鹿のようだ。
一安心して警戒を解く。
「ボンボン……きてたの」
「その呼び方やめろって言ってんだろ那須野」
「……でもボンボンなのは間違ってない」
「確かに違わねぇけどな……俺自身が金持ちってわけじゃねぇからな?」
「うん、分かってる。だから早くお菓子かゲーム代、頂戴?」
「流れと台詞が何一つ噛み合ってねぇぞ⁉︎」
漫才の掛け合いのような会話を二人は繰り広げる。
クソッ、と苛立つ聖。
基本的に聖は乙女の事が苦手なのだった。
「というか聖は何しに来たの? 遊びに来たんだったら大歓迎だよ。今から朝まで乙女ちゃんとゲームするつもりだったからね」
「いや、別にテメェ等とゲームしに来たわけじゃねぇよ。それと用があるのは那須野の方だ」
「乙女ちゃんに?」
「ああ。ちょっと聞きたい事があってな」
「ボンボンが私に聞きたい事? ゲームの上達法?」
「んなわけあるかよ。いや、それはそれで是非とも聞きてぇけど今は違う話だ」
いつになく真剣な表情する聖は一拍を置いてから、口を開いた。
「──お前は烏山の人間か?」




