トリヤマじゃないからねっ⁉︎
「ところでおじさんは一人でここに?」
「ええ。本当は娘と一緒に来たかったんですけどね……」
「何か都合でも?」
男性はどこかばつが悪そうに頬を掻きながら言った。
「いつもの事なんですけどね……『お父さんとは行きたくない』ってそう言われて誘いを断られてしまうんですよ」
「ははぁ、何か喧嘩でもしているんですか?」
「ちょっと大家さん。初対面の人に何でも聞きすぎじゃ……」
「別に構いませんよ。私、あなたのような積極的な人は嫌いじゃありませんから」
「……何かすいません」
丘夏が悪いわけではないというのに頭を下げてしまう。
男性が人の良い人でよかった。こういう人を世間一般的には『大人』と呼ぶのだろう。
「あなたの言う通り、娘と……そう、喧嘩をしているんです。それも大喧嘩で十年も互いの顔も見ていないほどで」
「十年⁉︎ そんなに長い間、娘さんと会っていないんですか⁉︎」
「……何度も会おうとはしたんですけどね。向こうは顔も見たくないない様で」
「という事はそのお母さんの墓参りにも娘さんは……」
「いえ、娘も母が大好きでしたので墓参りには毎年訪れてはいるようです。他の家族にはちょくちょく顔を見せていますしね。ただ……私には会いたくない、そういう事らしいです」
「……会いたいとは思わないんですか」
「思いますよ。いつでも、今でも……」
「……」
寂しそうな顔をして話をする男性には哀愁が漂っていた。
流石の穂花も口を閉じて、顔を伏せていた。
それから男性は腕時計を確認すると、声をあげた。
「おっと……もうこんな時間ですね。私はこれで失礼させていただきます。つまらない話をしてしまって申し訳ありませんでした」
「いえ、こっちこそ……時間を取らせてしまってすみません」
口を開かない穂花の代わりに丘夏は男性に手を振る。
男性が丘夏達から背を向ける。背を向けながら男性は言った。
「気にしないでください。中年の何の価値のないお話です。右から左に流して忘れてしまってください」
男性はそう残して店から出て行く。
しばらくしてその姿は完全に見えなくなった。
「……ヘビーな話だったね」
穂花がポツリと言った。
「聞かなきゃよかったですか?」
「もっと色気のある話を聞けると思ったんだけどな……でも、聞かなきゃよかったとは思わないよ」
「懲りませんね……」
「積極的なのがわたしの美点だからね」
「欠点である事も自覚してください」
悪びれない穂花に丘夏は少しは反省してくれと頭を抱える。
「……あれ? 何か落ちてるよ?」
「本当ですね。これは……名刺みたいです」
「さっきのおじさんのかな?」
「トリヤマ……ですかね。きっと会社員か何か何ですね」
「違うよ鴻野山君」
「え?」
「それはね……」
「──烏山って読むの」




