トイレは店内にない
下野荘から一番近い花屋は道沿いを歩いて十分くらいのところに存在する。
『フラワーショップ みにまむ』という店の名前の通り、この花屋の規模は小さい。
といっても、この辺で見える店に大きな店などスーパーくらいのものなのだが。
「鴻野山君はここに来るのは初めて?」
「中に入るのは初めてですね」
「そっか。ならわたしが案内してあげるよ」
「いや、案内するほど大きくないじゃないですか」
「……トイレを」
「その繋ぎは無理がありますよ⁉︎」
と一悶着があった後、丘夏達は店へと入店する。
「さて、鴻野山君はどんな花がいいとか希望とかある?
「まぁ、母親が喜びそうなものなら何でも……」
「お母さんが喜びそうな花ねぇ……ちなみにお母さんは花に詳しい方?」
「んー、多分違います。花とか愛でるタイプではないですし」
「なら綺麗な花なら何でも喜ぶんじゃないかな。例えば、そこの母の日用の花束とか」
そう言って穂花が指差したのは旬の花で彩られた大きめの花束だ。
「確かにこの花束、綺麗ですね」
花に詳しくない丘夏でも綺麗だと思うのだ。きっと丘夏の母親も喜ぶに違いない。
値段も千円と手頃なのが更にポイントだ。
買うかどうかはまだ置いておいて、これを購入候補にするのは悪くないだろう。
「後はこっちの花束とか──わっ⁉︎」
「──っ」
互いによそ見をしていたのか、穂花は隣にいたスーツを着た中年男性とぶつかってしまう。
その場でこけた穂花を男性が慌てて手を差し伸べた。
「す、すみません……大丈夫ですか?」
「あ、いえいえ。よそ見してたこっちも悪いですし……」
互いに頭を下げ合う最中、丘夏は男性が持ってるものを見た。
それは今さっき見たのと負けないくらい綺麗な花束だった。特に中央にある菊が大きく目立っていた。
「あなたも母の日用の花を?」
丘夏がそう尋ねると、男性が淡く微笑んだ。
「妻の為という事なら違いないのですが……これは墓参り用です」
「それは……すみません」
「いえ、随分昔の事ですし……お気になさらず。そちら方は母の日のためにここに?」
「はい、ちょっと恥ずかしいんですがね」
「ははは、カップルで母の日用のプレゼントを買いに来るなんて微笑ましいじゃないですか」
「……カップル?」
この男性は誰の事を言ってるのだろうか。いや、考えるまでもない。
店にはこの男性と店員、そして丘夏と穂花しかいないのだから。
穂花が横肘で丘夏を突いてくる。
否定しろ、という意味だろうか。
「いや、おじさん。僕と大家さんはそんな関係じゃないですよ」
「何そうなのかい?」
「はい。そもそも僕がいつもぐーたら寝ている気にいらない事があれば家賃をあげると脅してくるような大家を好きになるように見え──まずっ⁉︎」
穂花の肘鉄が丘夏の溝に入った。




