酷い手違いを見た
「乙女ちゃーん、いるー?」
チャイムを鳴らし、一呼吸置く。
しかし、いつものように部屋から声が返ってくる事がなく、静寂が続くだけだった。
「うーん、どっかに出かけてるのかな……?」
「何をしてるの?」
「あ、大家さん」
乙女の部屋の前でどうしたものかと悩んでいると、下野荘の大家こと穂花とばったり出くわした。
「ちょっと乙女ちゃんに用があって……」
「乙女ちゃんに? ははぁ、それは残念だったね」
「と言うと?」
「何時だったか覚えてないけどね。朝早くから部屋から出て行くところを見たよ」
「何時に帰ってくるとか聞いてます?」
「ううん。ついでに行き先も聞いてないからどこに行ったかも知らないよ。……ちなみに鴻野山君は乙女ちゃんに何か用でも?」
「あ、いや……大した用じゃないんですけどね」
頬を掻きながら丘夏はそこで言い淀む。
本当に大した用ではない。
けれど、言うのは少し躊躇われるのだ。
「何々? まさか鴻野山君、乙女ちゃんをデートにでも誘おうと思ったの?」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「えー? じゃあ何? 聞かせて?」
キラキラと目を輝かせて穂花がグイグイと寄ってくる。
穂花は二十代前半の大学生だが、そのノリは女子高生のそれと変わらない。
そういう話題に積極的な穂花に丘夏は困ったように目を逸らし、正直に話すかどうか暫し考え込む。
結果、正直に話す事に決めた。その方が面倒事にならないだろうと思ったからだ。
「本当に大した用じゃないですよ。……あの、五月八日が何の日か知ってます?」
「母の日だね。その日が何か?」
「……鴻野山家では母の日には必ず家族全員で何かをプレゼントするって事になってるんですよ」
「へぇー、良い家族だね」
「それで今年は花でも贈ろうと思ったんですが……僕、あんまり花とか知らなくて」
「ああ、それで女の子である乙女ちゃんに意見を聞きがてらお出かけに誘おうとしたってわけか。なるほどねー」
「はい、でも乙女ちゃんがいないなら仕方ないので花屋には一人で……」
行こうと思います、と口にしようしたところで「あ!」と穂花が突然声をあげた。
「それならわたしが付いて行ってあげるよ」
「大家さんが……?」
「むーっ、何よ、そのえーって感じ。わたしと出かけるのがそんなに嫌なの?」
「そういうわけじゃないですけど……」
流石の丘夏も正直に「はいそうです」とは言えなかった。
穂花はまともそうに見えてかなりの変人なのだ。そんな穂花と出かけるとなったらどんな事になるか……。
「嫌なら正直に言ってね。でも、その場合ちょっとした手違いで今月の家賃が二倍に……」
「行きましょう大家さん! いえ、よろしくお願いします!」




