分からない分からない
「今日は散々な目にあったぜ……」
聖はボロボロになった体をソファーに投げ出し、人心地に着く。
まぁ、婚約が破棄された事は不幸中の幸いだが……それでも有墨からお仕置きを受けたというのだからやはり散々だろう。ちなみにどのようなお仕置きを受けたかといえば、頬が倍に腫れ上がったの一言で理解出来ないだろうか。
「しかし烏山家の黄色? だったか? あっちには悪い事したかもしれねぇな……」
黄色なる人物、及び烏山家の人間はこの婚約に乗り気だったようだ。というか、黄色は大真面目で聖と結婚するらしかったようだ。
それは悪いのは九割九分九厘、聖の父親なわけだが、乗り気だった婚約を破棄させてしまった事に罪悪感を抱かない程聖は非情な人間ではない。
どうお詫びをしたらいいものか……。
「ん……黄色?」
さっきから聖はその名前をどこかで聞いた覚えがあったような気がしていた。
そう。確か昔、聖が小さい時の話だ。
「烏山……黄色。……あ──」
そこで聖は思い出す。
昔、聖は黄色に会っていた事に。
そしてその時、黄色の隣にもう一人見知った人物がいた事に。
その人物の名は……。
「烏山……乙女」
※※
少女の手が虚しく空を切る。
伸ばされた手は掴まれる事はなかった。
その後少女は酷く悲しそうな顔をしたかと思ったら、えんえんと涙をぽろぽろと零し、泣きじゃくった。
『──さん……! ──さん……!』
私はそんな少女の様子を傍からじっと見ていた。
どうしてこの少女はあんなにも泣いているのだろうか。
何が悲しかったのだろうか。何を悲しんでいるのだろうか。
誰もいない場所に向かって少女は一体どうして手を伸ばしたのだろうか。
何か訳があったのだろうか。
私には、分からない。
『待ってよ……! 待って……!』
少女が泣き出した理由も、少女がどこに向かって手を伸ばし続けているのかも、少女が何者であるかも分からない。
何も……分からなかった。
『お願いだから……! ──さん……!』
分からないまま、私は少女を見ていた。
声をかける事もなく、ただただ見ていた。
多分、伸ばされた手は誰にも握られる事はない。
だから少女はずっと泣き続けるのだろう。
だから少女は──




