困った時はそれで通ると思っている
爽やかな朝。
丘夏は少女と目があった。
それはまったくの偶然だった。
「おはよう、丘夏」
少女は大きな欠伸をしながら気だるげに言うと、再び大きな欠伸をした。
そんな事をしていたら可愛い顔が台無しだな、と丘夏は半分思い。
それはそれでアリだな、と丘夏は半分思った。
結論。美少女は多分、何をしていても可愛い。
203号室の住民。
那須野 乙女。
ゆるく三つ編みにした長い碧色の髪に、琥珀色に輝く瞳。すらりとした細い手足。
何より目立つのは衣服がはち切れんばかりに存在を強調しているたわわなな胸部。
那須野乙女は名前に恥じる事のない、可憐な容姿をしている。
言ってしまえば美少女だ。
すごくすごく美少女だ。
丘夏好みの美少女だ。
「おはよう、乙女ちゃん」
「ん。丘夏も今から学校に行くの?」
乙女は瞼をゴシゴシこすると、手に持った鞄を突き出してきた。
同じように丘夏は鞄を突き出してみせた。
「そうだよ。なんなら一緒に行く?」
「……襲わない?」
「乙女ちゃんは僕の事を何だと思ってるの……?」
「丘夏」
「ならいいや。兎に角、一緒に行こうよ」
「わかった」
ツッコミ所のある回答だったが、丘夏はそれをいつものようにスルーした。
基本、乙女との会話はこんな感じになるのでスルーするか、流すのが一番いいのだ。
乙女にも、乙女と会話する者にとっても。
アパートの階段を降りてく途中、乙女がまた大きな欠伸をした。
丘夏がジト目で睨んだ。
「乙女ちゃん、もしかしてまた夜更かししたの?」
「……してない」
「いや嘘でしょ。そんなに眠そうにしてたらバレバレだから」
また朝までゲームをしていたのだろうか。
肌に悪いし、不健康だから止めろと大家さんに小言を散々言われているというのに……。
仕方ないなぁ、と丘夏は嘆息した。
「それに……頭」
言いながら、ちょんちょんと頭を指差してやる。
首を傾げて乙女が自分の頭に触れる。
「あ」と声が漏れた。
ようやく気付いたのだろう。
乙女の頭。そこにはパジャマに着替えた際に被ったと思われるナイトキャップがあった。
「取り忘れるなんて、よほど寝ぼけてたんだね」
「……こ、これは違う」
「違う? 何が違うの?」
説明してみろ、とニヤニヤと丘夏は笑う。
動揺し、赤面する乙女はしばらくの沈黙の後、口を開いた。
「これは……」
「これは?」
「……最近のファッション」
「苦し過ぎるでしょ、その言い訳……」