凍てつく世界へと
私は普通の家族から生まれた。そんな社会的格差もなく、本当に平均的な家計の中。父や母が特異的な才能を持っているわけでもなく・・・。なぜ、こんな力を身に付けたのかもわからない。
ある日、私の『生きる』という形は消えた。この氷が砕けるかのように。
あなたたちの知っている情報はあらかた聞いている。だけどそれは間違っている、偽りの話。
本当は小学生の頃、私は体育の水泳の時間に、プールを凍らせたことが始まりなの。
それもプールの中にある水だけでなく、プールサイドから、その近くにある水溜まりまでもね。
水だけでなく、草木も凍り、プールに入っていた友達も、先生もそのせいで死んでしまった。計三十人の命を奪ったんだ。
それを見た他の先生は水面に、いや氷上に一人立つ私を怯えながら『化け物』と言った。
そのときの顔は覚えている。本当に幽霊や獣を見たときの恐怖に達したときの顔だった。
私は氷のなかで死んでいる友達を見て叫んだ。
プールから学校まで響き渡るような、そんな声で。
悲痛の叫びなんて言うのかしら・・・
次の日、その情報はすぐに町中に知れ渡った。
『氷上の魔物』なんて呼ばれたこともあったかしらね。
そしてその力を欲しいがためにどこかの医者のような白衣を身にまとった人間が来ることもしばしばあった。
親がそれを無理矢理追い払うこともあった。どうしても親が仕事のときは、家先の門から、玄関、私の部屋のドアまで、全てに鍵をかけた。
私自身もこの力に怯えた。花瓶の水から浴槽に溜まったお湯まで、全てを凍らせるこの力は恐怖にしか感じなかった。
そして親までも、私のことを一人の娘として見ることをやめ、軽蔑するようになった。
罵倒され、暴行を受け、悪いときは首を絞められることもあった。世話から虐待に変わっていた。
お前がいるから、私たちの世間の見る目が変わったとか、魔物の親と言われるなど、たくさん言われた。
親は特にそういったことを気にしていた。
「普通だったら、中学生になって部活動や勉強ができたんだろうな・・・でも、あなたたちみたいな人間がいたから!一般人にまぐれでできた能力を、道具として扱う人間がいたから!」
次の瞬間、兎月は洞窟の狭い空間の中に外と同じ、それ以上の吹雪を吹かせる。
壁や足元の岩は一瞬で凍りつき、着ていた服には霜がつき始めていた。
「逃げるぞ!これは太刀打ちできない!ましては俺たちの能力では」
俺はルナを抱きかかえると、来た道を駆け足で戻った。床も凍りつき、スケートリンクのようなツルツル滑る氷が張られている。
俺はそのせいか、足をとられてしまった。
「転んだの・・・高校生でもそんな簡単に転ぶのね」
スケートリンクを滑るかのように氷の床の上を滑ってきた兎月は、転んだ俺の顔を見てクスリと笑う。次の瞬間、兎月は一気に表情を変え、俺たちが入ってきた洞窟の入り口目掛けて、巨大な氷の球体を投げつけた。完全に氷玉は俺たちの道を塞いだ。
「あなたたちはここで最後、氷づけになってもらうわ。能力も使えずにね」
「それはどうかな」
俺はこのときを待っていた。兎月が俺に近づいて来ることを想定して動いていた。
このまま入り口まで走れば、兎月は入り口を塞いでくるだろう。このとき、彼女の性格なら俺たちに近づいて来ると予想していた。
「ここまで近づいてくれればこっちの勝ちだ」
柊は能力で尻尾を生やし、兎月の後ろにある岩へ忍び込ませていた。
暗闇の中で、柊の黒に近い色をした尻尾は完全に見えなくなってしまう。そのため、音をたてずに動かすことができれば、こんなこともできる。
「隙あり!」
尻尾を縄のように使い、兎月を縛るとそのまま地面に叩きつけた。
「少女にこんなことしたくないけど、相手に殺意があるなら仕方ないことか」
兎月はその衝撃で完全に気絶していた。
「入り口を塞がれたし、他の場所から出れないか試す?」
「あまり無理なことはしたくないが・・・しょうがない」
俺は迷うことを恐れながらも洞窟の奥へと進んだ。
一方そのころ、やっと氷兎山の入り口に立ったキラは、なぜかコートを脱ぐと、タンクトップ一枚で叫びながら山の中に入っていった。その光景は野生の動物が山に逃げていくようなものを想像させた。
「柊!ルナ!どこにいる!・・・ったく、あいつら。通信機が壊れたのか、一回着信しただけで、全然返事しねぇしよ!オルガは時間になっても来ねぇし、リアは下で四津野とお茶してるとかふざけたことかますしよ!・・・そこにいるのは誰だ!」
キラの野生の勘が働く。
キラの後ろには二人の男が立っていた。
一人は小柄で、日本の男子中学生の平均身長くらいで、もう一人は大柄な身長2メートルはありそうな男だった。
「お前は・・・キラか」
キラと名前を呼んだ小柄な男はキラに近づくと、手に持っていたテニスボールくらいの鉄球をキラに向かって投げる。
キラは片手でそれを捕ろうとするが、手のひらに触れた瞬間、縦回転がかかり、キラの手の中指を折りながら前進し、キラの顔面に直撃する。
「良いボールじゃねぇの。お前らは何者だ!」
「俺は悪魔国軍南西部攻撃隊突撃兵兵長のクロサクだ。そしてこっちは部下のユーズだ。お前を殺しに来た」
「おもしろい話じゃねぇか。その兵長が元悪魔国軍本部副部隊長の俺に戦いを挑むとはな!」
「そこまで地位を上げた悪魔が人間の皮を纏い、この世界にいるとはな・・・かわいそうに」
クロサクは鼻で笑うと、キラを指差す。
「ユース、今のあいつなら簡単にひねり潰すことができる!その剣の錆にしてやれ!」
「了解」
ユースは持っていた太剣をかまえると、地面を叩き割るかのように太剣を大きく振り下ろした。剣から出た衝撃波は辺りの雪を砕き、キラを砕いたかのように見せた。
だが、キラはむしろ避けることなく、剣を片手で受け止めた。
「なぬ!」
そして剣の刃をへし折ると、ユースの後ろに回り込み、ユースの後頭部に回し蹴りを入れた。
ユースはその巨体を雪の無い地面に這いつくばらせると、静かに息を引き取った。
「やるじゃあないか!だが、こいつはただの部下に過ぎない。成長しない、ダメな部下に」
「おい、クソガキ!お前らにかまってる暇は無いんだ。戦うなら戦う。用が済んだならその死体を持って帰れよ・・・」
「帰れか・・・。お前の首を持ってな」
クロサクは両手に投げたものと同じ鉄球を持つと、それをまたキラに向かって投げる。
「今度のは回転数二倍!手で受け止めた場合、その衝撃も二倍だ!さてどうする・・・よ」
クロサクは予想していなかった。普通だったらそんな攻撃は避けて対処するだろう。これを受けた兵は全員、そんな対処法をとっていた。だが、目の前の元悪魔国軍本部副部隊長のキラはそれと全く違う予想を遥かに覆すような方法をとって見せた。
何とキラはクロサクが最初に投げた鉄球を拾うと二つのボールにぶつけ、軌道を変えたのだ。
「どうしたよ。こんな鉛り球!こっちのチームの新人だって止められるっての!」
さすがに柊やルナでは無理。
「っ・・・なら、これでどうよ!」
今度は四つの鉄球を時間差で投げた。
「数二倍で回転数も二倍!さらには時間差で飛んでいくホーミング型鉄球!これは今の方法では無理だろうなぁ・・・あ?」
「誰が止めるって言ったよ。ボーリングだか何だか知らねぇが、こんなの両手で止められるっての!」
キラは宣言通り、完全に四つの鉄球を拳で止めて見せた。そして鉄球は静かに地に落ちる。
「なぜ・・・なぜ止められる!」
「こっちに来てたくさんのことを学んだ。人間だけでなく、悪魔についても教わった。そのなかで、悪魔流の最大限に力を引き出す技を教わった」
キラの拳から放たれた黒い炎は雪を溶かし、クロサクの身体を、クロサクの心を貫いた。
「クロサク。人間の言葉を聞いてみるのはどうだ?こっちに来たことでたくさんのことが」
「人間・・・だと」
「あぁ」
「・・・くだらん」
クロサクは鉄球を足元に投げつけると、雪を舞い上げ雪景色の中に消えた。
「早くあいつらを探さないとな」
キラは山の方へ振り向くと、頂を目指し歩いていった。
そのころ、柊とルナは暖をとりながら、静かに助けが来るのを待っていた。奥へ奥へと来てしまったが、兎月が起きない以上、迷っていく一方だ。
「さすがに吹雪に当たらないとしても寒いな」
「こんな火じゃダメなのかな」
火はルナの魔法によって、運良く洞窟の奥にあった木々や落ち葉に着火することができたが、そう簡単には暖かくなることはなかった。
洞窟内の冷たい空気が熱をどんどん奪っていく。
「雪山ってこんな寒いの?それとも彼女のせい?」
「さすがにこんな少女がこんな大きな山一つを雪国のような寒さで保たせることなんて」
「それができるんだよ」
急に起き上がった兎月は俺たちにそんなことを言う。最初は冗談だと思っていたが、聞いていた話的に本当だということに気付き始めていた。
「この山は最初はこんな状態じゃなかったわ。春は満開の桜が咲いて、夏は暑くなり、秋は紅葉が綺麗で、冬は雪が積もる。そんな場所だった。けど、私の能力のせいでこんなになった。・・・ってさっき言わなかったっけ?」
「「言ってない」」
「あれれー?・・・ん?」
兎月は何かを察したのか、静かになる。
「何か聞こえない?足音のような・・・」
俺たちは兎月同様に、息を潜める。すると洞窟の先から何か足音のような音が聞こえるのがわかった。
足音的に二人いる。
「確かに聞こえた。もしかしたら私たちの仲間かもしれない」
「それならいいが。みんな長靴のような雪山専用の靴を履いてきたよな?どうしてこんなハイヒールのようなカツンカツンという響く音がするんだ?」
足音はどんどん近くなり、そこの角の奥から足が出たときにはもう遅かった。
「マスター、三人の能力者を発見。始末しますか?」
「どうしてお前はそんなことばかり考えるんだ?」
完全に敵。俺たちが能力者であることを知り、俺たちを研究材料として見ているようだ。
一人は銀縁の眼鏡をかけた男。もう一人は片手に火炎放射機のようなものをつけた黒髪の女。二人とも同じコートを着ている。両方ともコートの下にシャツを着ていた。
あのコートは国家能力研究会のものだ。
国家能力研究会。日本で能力による医療技術などの進歩を図る団体で、噂では裏で俺たちのような能力者を、研究用のモルモットのような扱いをしているらしい。例えば治癒系統の能力を使うものであれば、その治癒でどこまで回復することができるかという議題を出し、その能力者の腕を切り落としたり、火炙りにしたりする。そんな残忍なことをする集団だ。
「高能力値の能力者なら捕まえて研究材料に回した方がいい。ここで灰にするよりも特だろう?」
「マスター、それでは捕まえることを目的にします」
「ここは逃げた方がいい。あの女の感じ、彼女も能力者かもしれない」
「能力者、何を言ってんだ?こいつが能力者だって?笑わせないでくれ、能力者ならこんなところに置いてない。彼女はアンドロイドだ。主の命令に忠実に従う機械だ」
横にいる男はアンドロイドの頭を撫でると、不気味な笑いを見せる。目から顎にかけての縫い目は俺たちの恐怖心を増幅させた。
「ではマスター、最終指示を」
「アルファ。お前は少年幼女の相手をしろ。そっち側は焼き殺してもいい。問題はこの少女だ。こいつは良い実験台になりそうだからなぁ」
「了解しました」
アルファと呼ばれたアンドロイドは片手の火炎放射機をこちらに向けるとそこから俺たちのところまで火を吹いて見せる。
俺たちはすぐに後ろへ下がったため、当たることはなかったが、もう少し判断が遅ければそれこそ、灰になっていただろう。
あの男の言葉通り、やつらの狙いは兎月だろう。
「どうした?お得意の能力は。お前らが能力者だというのはバレてんだ。その身体から漂わせる能力者特有のオーラは、俺たちからしたら私は能力者ですと言っているようなものだ」
「マスター、この細い道ではこのターゲットも燃やしてしまいます」
「この先に空洞があるようだ。そこまでは一直線。このまま奴等はそこまで逃げるだろう。そこで二人を仕留め、一人を連れていけばいい」
「了解しました」
俺たちは兎月を連れて逃げなければならない。必ず、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
俺は一つの希望を信じて走った。
この先に戦えるだけの空洞があると信じて。