氷兎山への道
チームOのメンバーと監督のリアのためだけに予約し、運行する大型バスはどうなのだろうか・・・
バスを使わなくても他の移動手段があったのではないか。
学校を出て三十分後。バスはトンネルを通り、海の見える道を進んでいた。
「前のようにルナに日が当たらないよう、柊はカーテンを閉めろ!」
俺は横で寝るルナを起こし、カーテンを引く。
「ありがとう、海都・・・本当に、本当に、ありがとう。それしか言う言葉が見つから・・・むにゃむにゃ」
まだ寝ているようだ。どこで影響を受けたのかあらゆる漫画、アニメのセリフを使うルナは少し怖かった。
俺もあの病み時代、たくさんのアニメや漫画を観てきたが外国人のそういう日本文化の取り入れようは半端ないようだ。キラも一時期、そういったものにはまってしまい、それで来なくなったという時期もあったようだ(ちなみにそれを教えたのは千歳らしい)。
移動中に眠ってしまったのか、俺の体には一枚の薄い布団がかけられていた。
窓の外を見るとそこには写真で見た氷兎山が遠くに見えていた。
「そろそろ着くぞ。みんな起きろ!」
オルガの言葉に雷帝以外の全員が起きる。
「あれが氷兎山か。やっとだな」
「前にも言った通り、この先の駐車場に停まるわ。そこからは自分達でこの近くのバスを使ったり、タクシーを使ったりして氷兎山に行って」
全員がリアの言葉に返事した。
ここで目線はオルガに移る。
俺は前々から調べていたバスに乗ると、入り口入ってすぐの場所に座った。ちょうど運転手の顔が見えるくらいの場所だ。
「発車しまーす」
ドアは閉まり、バスは出発した。
他のメンバーは食事やら休憩やらをしてからの出発らしく、俺が最初だった。
「このバスに乗る人ってのはほとんどいなくてね。アンタは観光かい?目の色的に外国から来た人だろ?」
「はい」
耳に翻訳機を付けているためすぐに翻訳してくれているようだ。
日本語は前から勉強しているため、大概はわかるがまだ心配な言葉があるため、今回は装着してきた。
「氷兎山に観光ってのは珍しいねぇ。まぁ夏の暑い中、氷付けの雪景色の山ってのは気になるだろうな」
「観光というよりは探検と言った方が近いでしょう」
「そうかい。探検家かだったのか!」
運転手は下品な笑い方をするといきなり、言葉が聞こえなくなってしまった。
「どうした?」
俺は気になり、吊革を掴みながら運転席に座る運転手の顔を見る。
「おい!しっかりしろ!」
男は完全に気絶していた。というよりは死んでいると言った方が近いような体になっていた。
肌は白く、張りがなくなり、目は白目をむいていた。
「何だこれは・・・なぜ・・・」
次の瞬間、車体は揺れ、天井に大きな穴が開いた。
穴からはこの世の物ではない、真っ黒な大トカゲが入ってきていた。
「この感じ・・・Lostか」
俺は刀を取り出したが、戦うどころではない。運転手は気絶したままで、今ちょうど坂から降りてきてすぐの直線道のため、まっすぐバスが走っているが、このままではどこかに突っ込んでしまうのでは・・・。
俺は運転席から運転手を抱き抱えると、バスから横の草原を目掛けて飛び出す。
バスはハンドルを出る前に少し動かしたせいか、道を外れて近くの大木に突っ込む。
そこに通りかかった老人はそれを見てあわてふためく。どうやら今ので腰が抜けてしまったらしい。
このままじゃ、この俺や運転手どころか関係ない老人があいつに殺されてしまう・・・。だが、武器を出そうとしてもそれに老人が驚いて、さらに精神的ダメージを与えてしまうだろう。
通信機もここに来てからノイズばかりで使い物にならない。そのため、助けを呼ぶのは不可能だ。
「この状況・・・何とかできないのか」
Lostがこちらに向かってこないことが不幸中の幸いだ。時間の問題だが・・・
「おい、そこの老いぼれ」
「なんじゃ、老いぼれとは!」
「いいから今すぐ逃げろ。このままだと全員死ぬぞ」
「なんじゃと!」
次の瞬間、槍のような赤い物体が老人目掛けて飛んでくる。
「危ない!」
俺は決死の覚悟でその槍を掴む。だが、一足遅く、俺の手の皮を持っていき、老人の腕を貫いた。
「う、腕が・・・腕がぁぁぁぁあ!」
「老いぼれしっかりしろ!」
俺の傷はすぐ癒えるが、老人は人間だ。腕がまた生えてくるなんてことはありえない。
それにこの威力で槍なんか振り回されたら、武器がすぐに壊れてしまうのではないか・・・。
とりあえず、着ていたシャツを脱ぎ、それで老人の止血をすると、近くの林のなかに入っていった。
今だ、火のなかからやつが来る気配はない。
この機械のイヤホンだけが壊れていると信じてマイクに、
「誰か来てくれ!Lostだ!」
と叫んだ。だが、応答はなく、ノイズ音だけが連続で耳のなかに入ってくるばかりだった。
ここから目的地、氷兎山の麓まで三キロ弱はあるだろう。もうあれから何分経ったのかわからないか、そろそろ他のルートから向かった俺以外の全員は着いているのでは・・・。
俺はそんなことを思いながら、天界にいたときの、彼女からもらったロケットペンダントを開ける。
「すまない、俺はこの地で死ぬのかもしれない。仲間の言葉を無視して消えた・・・俺を許せ」
次の瞬間、Lostが後ろの大木から顔を出し、持っていた槍で死んだ運転手の死体を貫いた。
どうやらバスの後ろから回り込んでいたらしい。
それに気づき、剣をかまえたとき、突如強風が俺らを襲った。氷兎からの風なのかとても冷たい。
俺は一度閉じた目を開く。
「何だ・・・これは」
辺りは一面、氷河期にでもなったかのように凍り、俺の足下にいた運転手や老人すら凍っていた。
木々は凍り、その幹ですら氷柱のようになり、少し触るだけでも折れてしまう。芯も凍るようだ。
「そういえば、Lostは!」
俺の目の前にいたはずのLostの姿はなく、遠くの方に吹き飛ばされていた。もちろん、やつも凍っているようだ。触っただけで、ボロボロと壊れてしまう。
「Lostをここまで・・・。すごい力だ・・・」
俺が考える限り、すぐに戦力になる。それにこの能力値は雷帝やアキネ、もしかしたらそれ以上かもしれない。
俺はそいつがいるである氷兎山を見た。
その頃、ようやく山の麓にたどり着いた柊は共に来ていたルナと話をしていた。
「そういえばここにいるって聞いた兎月っていう少女はどんなやつなんだろうな。聞いた感じ、氷を使うんだと思うんだけどな」
「氷・・・もしかしてこの山の氷や雪は兎月さんがやってるとか」
「さすがにそれは厳しいんじゃないか?これだけの面積を氷や雪で覆うには相当のエネルギーを使うだろ。さすがに中学生の少女にそんなエネルギーは」
目の前に小学生の少女のような吸血鬼がいるなか、そんなことを言う。
そういえば、前から聞きたいことがあったのを今になって俺は思い出す。
「そういえば、ルナは吸血鬼特有の魔法とか使えるのか?」
「吸血鬼特有か・・・。あるといえばあるかな。あの姿を変えるのも魔法と同じだし、敵に幻を見せる幻術も使えるわ、あの前にいたユキ・・・何とかみたいにはいかないけど。使えるときがきたら使うかな」
そんなこと言って山道を少し歩いていると、急に一陣の風が吹いた。颪のような冷たい風で、辺りが凍りつくような寒さが、俺の体を包んだ。
辺りを見渡すと、そこはまるで白銀の世界のようになり、木々は凍り、地面は俺たちの足元以外、薄い雪がかかっていた。
「何があったんだ」
「これも兎月の力?」
「・・・行ってみよう!」
雪と寒さのせいで、体が重く、体温を盗られるのはとても辛く、まるで、雪の降った道をランニングでもするかのようだった。
少し登ったところで俺たちは気づいた。
俺たちはとんでもないところに立ち入ってしまったことを。この事件に関わってはいけないということを。
少し歩くと、開けた土地に出た。もちろん、土の色はなく、白一色の世界だった。
「これが氷兎山の村ね」
俺たちはとりあえず、一番近くの家のドアのノブを引く。凍りつくような寒さよりも、まるでドアが強力な接着剤で張り付いているかのように、びくともしなかった。
「これは無理か」
おもいっきり、蹴ってみたが無意味だった。
「他もこんな状態かな・・・」
「それじゃあ、俺たちはこのまま凍りつくのか?」
吹雪はないが、雪が降り続けるその地帯は地獄のようで、それこそ八寒地獄のような場所だった。
八寒地獄とはまさにこのことを言う・・・ようだ。(キラの話のため、本当に噂程度で耳を傾ければいいのだろう)
手当たり次第、民家のドアを開けようと試すが、最終的にはどこも凍り、まともに開くことは無かった。
「どうするか・・・来た道を戻ってオルガさんと会うのはどうだ?」
「グッド・アイディア!」
俺たちはとりあえず、道を戻ることに決めた。
だが、そこに追い討ちをかけるように吹雪が俺たちの歩いてきた道を雪で消していた。
「戻るのは難しいな」
「とりあえず、あの洞窟にでも入ってみんなを待ちましょう」
ルナは目の前に見える、小さな洞穴を指差す。確かにあそこなら雪の影響はなく、火でもあれば充分暖かくなるだろう・・・
俺たちは急いでその洞穴に入ると、持ってきていたライターで近くにあった家から盗ってきた薪に火をつけた。
「雪が弱まるのを待とう。それから作戦をたてて行動しようか」
俺は通信機でオルガやキラに連絡する。だが、圏外なのか砂嵐のような音が洞穴の中で響く。
「ダメか」
「海都、こっち来て」
ルナは洞穴の奥に入っていく。
洞穴は奥へと続いているようだ。
俺は火のついた薪を一つ持つと、奥を照らした。火の灯りで見えるだけでも奥へと繋がっているのが十分にわかった。
「怖いけど、行ってみる?」
「気になるから行ってみるか」
俺はバックの中から紙とペンを取りだし、メモを書き残すと、洞穴の岩の上に置いた。
『ここにきた柊 海都とルナ・レッドネイサーはこの奥へ行きます。』なんて書き置きだ。
そして俺は火のついた薪を持ち、恐る恐る入っていくことにした。バックの中の懐中電灯を忘れて。
あれから十分は歩いただろうか。まだ先は続いているのか、出口らしきものが見つからない。寒さはどんどん体力を奪い、ルナに関しては息が荒くなっていた。
「ちょっとタイム。少し休ませて」
今日全員が持ってきたバックの中身は、学校から配布されたもので、全員が同じ重さの物を背負っている。そのため、特に力のないルナはつかれるのだろう。小学生の頃に背負った教科書やノートでパンパンのランドセルよりも重たいだろう。
「この洞窟はどこへ繋がってるんだ・・・あれから十分近くも歩いたが」
「でも微かに風の音はしない?」
言われてみればすることもない。本当に微かな音だが。ということはこの先に出口か、開けた空間でもあるのだろう。
「もう少し歩いてみよう。まだこの薪も使えるだろうし」
俺がそう言った次の瞬間、薪の炎は一瞬にして凍りついた。
「立ち去れ・・・」
「誰だ!」
俺は暗闇のなか、その声の方向を見た。
ルナは冷静に火の魔法を使い、バックの中の地図に火をつけ、暗闇の先へ投げた。
そこには素足でワンピース姿の少女が立っていた。
「お前が兎月か?」
「あら、知っているのね」
思ったよりも大人の口調で話す兎月に俺は驚く。
「名前を知っているのなら話は早いわ。今すぐ帰りなさい、ここはあなたたち、人間の来る場所ではありません」
「君を助けに来た。この地獄から」
「地獄?私からしたら天国ね。誰と関わることなく、たまにきた調査隊だか何だかを殺せば、食料が手に入る。たまに何も持たずに自殺するために来る人間もいるけど・・・。で、あなたは助けると言ったけど、具体的にどうやって?」
兎月は少し微笑む。俺にはその笑みを『俺たちを凍らせて殺す』という合図にしか感じとれなかった。
「君を助けにきたといっても、本当の目的は俺たちを助けて欲しいんだ。俺たちの力になってほしい」 「・・・あなたたちもどこかの人間と同じ、私を道具としか思ってないのね」
昔の話をしてあげるわ。私がここにいる話をね・・・