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2015年/短編まとめ

一人が三人になって、独りぼっちじゃなくなった話

作者: 文崎 美生

一人の時間は好きだけど、独りぼっちは嫌い。

言葉だけ聞いたらほんの少し矛盾を感じるかもしれないけれど、事実なのだから仕方がない。


一人の時間がないと死んでしまうくらい辛いけれど、独りぼっちを実感すると怖くなるのだ。

例えば休日に家族がそれぞれの用事を果たすために出掛けたとする。

私は家に一人だ。


よし、休日を満喫するぞ!と張り切る時間があるけれど、それが長くなって日が沈んで夜になっても皆が帰って来ない。

そんな時にソワソワし始めて、何だか胸が痛くなるのだ。

一人と独りは違うんだと思う。


まぁ、そんなことを思いながら感じながらボクは成長して今年中学に入学したのだが、特に変化はない。

一人の時間は多いけれど、決して独りぼっちではなく学校生活をそれなりに謳歌させてもらっている。


友達という名の顔見知りはそれなりにいて、グループを作る時に省かれることもなく平和だ。

それなりに広く浅く――でも浅く見えないように、そんな交友関係を広げていれば惨めな思いなんてしないで生活出来るのだから。


惨めな思いはしたくない。

悪い意味でも良い意味でも、無駄な注目は集めずに適当に過ごしたいのだ。

そんなボクの思いを母に話せば、とても遠い目をして「達観し過ぎて嫌だわ」と呟かれたけれど。


そして今日もボクは図書室に引っ込む。

お昼休みは基本的に教室か図書室で過ごすと決めていた。

図書室は利用している人が両手で数えられるほどしかいないのにも関わらず、蔵書数が図書館と言ってもいいほどある。

因みに利用人数は下手をすると片手で数えられるくらいの時もあったりする。


「……あの」


だから人が少ないだけあって、小さな声でも良く聞こえる。

というか喋るなら出て行けという話だ。

小学生の頃の方が図書室の利用人数が多かったのだけれど、たったの数年で何が変わるのかボクにはさっぱり分からない。

脳筋になる前に本を読んだ方がいいと思う。


兎にも角にもボクは在学中に、この図書室に置いてある本を片っ端から読んでいこうと思う。

だから時間を無駄にすることは出来ない。

毎日通いつめるし借りるし、勿論読んだことある本は飛ばさせてもらっているけれど。

三年間で読み終えるのがボクの目標なのだ。


「あの、作間さん……」


ボクは読み掛けの本からそっと視線を上げて、ボクの目の前に立って影を落とす人物を見上げた。

現在お昼休み半ば。

図書室の利用者はボクだけだった。

目の前の彼女は本を持っておらず、ましてや読む気配もなくボクに話し掛けているのだから利用者ではないだろう。


「……あの」


彼女はボクに向かって三度目の「あの」を発動。

ボクは読み掛けの本に栞を挟んで立ち上がる。

司書さんは相変わらず眠そうな顔をしていて、ボクが本を出せばふんわりと笑って貸出の手続きをしてくれた。

その際に後ろに立つ彼女を見て、少しだけ目を丸めてから巣立つ子供を見るように涙ぐんだのはきっと気のせいだ。

気のせいだと思うことにしよう。


貸出してくれた本を受け取って頭を下げれば、司書さんは何故か「頑張れ」と口パク。

ボクは一体何を頑張ればいいのだろうか、分からない。


図書室を出れば、彼女は生まれたての雛鳥にある刷り込みのごとくボクの後を追い掛けて来た。

この手の自体は初めてなので誰か説明求む。

人の名前と顔を覚えるのは苦手だが、円満な学校生活を送るために必死で覚えた。

だが彼女の名前は出てこないし、顔なんてもってのほかで見たことない気がする。


「どちら様でしょうか」


図書室の扉のすぐ横に背中を預けながら、目の前にいる彼女に問いかけた。

彼女はボクの反応に驚いたように目を見開いてから、パチパチと瞬きをする。

それからはくはくと口を動かして、やっとこさ言葉を紡いだ。


詩月シヅキ 美緒ミオです」


ぺこっ、と目の前で下げられる頭。

少しだけ癖のある髪が揺れた。

そんな彼女を見ながら「作間です。作間サクマ 美紅ミク」と名乗っておく。

そもそもボクを読んだ時は苗字だったけれど、読んだということは向こうはボクのことを知っていると見て間違いはないんだろう。


赤っぽい癖のある髪にくりくりした大きな目。

可愛いが似合う女の子。

こういう子だったら覚えている筈なので、何度も言うけど知らない人だ。

決して記憶力がないとか言われたくないから、何度も確認のために言っているわけじゃない。

断じてそんなことはない。


「あの、作間さんって部活とか入ってませんよね?」


探るようにボクを見て一言。

あの、が四回目だ。

そんなことを数えながらも、彼女を見て一秒。

言葉を反芻して二秒。

理解して三秒。

身を翻して四秒だ。


ひらりと規定よりも長めのスカートを揺らして立ち去ろうとすれば、彼女こと詩月さんは慌てた様子でボクの制服の裾を掴んだ。

おいこら、まだ新品同然なんだから丁重に扱え。

目を細めながら振り返れば、詩月さんはあわあわはくはくと口を開閉していた。

言葉は出てこない。


「ボク部活に入る気は一切ないので。勧誘なら別の誰かにして下さい」


初対面でここまで言うのは、珍しいことなのだ。

自分で言うのもなんだが人見知りは強い方だし、話を自分から振ったりするのは苦手だし、断るのも上手く断れないことの方が多い。

だが、今は違う。

だって折角の一人の時間を邪魔されて、図書室からも出てくることになったのだ。

これくらい言ってもバチは当たるまい。


「そ、そんなこと言わずに話だけでも!」


「知ってますか?大体セールスマンとかもそう言うんですよ。で、ほぼ強制的に買わせるんです。だから嫌です、結構です、お帰り下さい」


そうして押し問答すること数分――と言うか、詩月そんのボクを押さえ込む力が強い。

ボクら二人に声がかけられる。

ここは図書室前の廊下で、図書室だけでなくここの廊下自体人が少ない。

だからこんなところで声をかけられるなんて、と思いながらボクと詩月さんはそちらに視線を投げる。


そこにいたのは教師じゃなくて生徒。

揉めているボクらを見て、僅かに目を細めた後にもう一度声をかけた。

「何してるんだ」と。

この口調からしてきっと詩月さんの知り合いだ。

だってマズイ、みたいな顔してる。


声をかけてきた生徒は男子生徒だ。

人見知りだし人付き合い嫌いだけど、異性はもっと苦手なんだよなぁ、とボクはそっと逃げ道確保のために視線を走らせた。

詩月さんはまだ離してくれない。


「だってね、創馬くん」


「だってじゃないだろ」


面倒くさそうに溜息を吐いた彼。

青っぽい男にしては長めの髪は、妖怪の癖して人間に肩入れする、目玉のお父さんを持つ妖怪そっくりの髪型だった。

勿論声は違うし、当然彼は人間だろう。

だってあのキャラは小学生くらいだったけれど、ここは中学校だし。


彼は詩月さんを一睨みで黙らせるとボクを見た。

こっち見るな、近付くな。

ザッ、と音を立てて下半身を下げれば詩月さんの制服を引っ張る力でつんのめる。

待って待って、だから何でそんなに力強いの。

後いつまで掴んでるの。


「作間さん」


「何でしょうか」


「パソコン部とか興味ない?」


こ、い、つ、も、か!!

お前らいい加減にしろよな。

人の貴重な昼休みを奪って何が楽しい。

何を生きがいにしているんだ。


彼は小首を傾げてボクの返答を待つ。

逃げ道は一応ある。

だけど詩月さんのせいで逃げられない。

わざとか、わざとなのか。

何も答えずに不貞腐れながら彼を見上げれば、彼は傾けた首を戻して口元に手を当てた。


男の癖に綺麗な細い指先で唇を数回撫でてから、ボクを上から下まで見つめる。

見るな見るな見るな。

俗に言うイケメンであろう彼にジロジロと見られれば、それはそれは居心地が悪く冷や汗ダラダラだ。

ついでに脂汗も出てくる。


「パソコン部なんて言っても、俺と詩月さんだけだから。好きなだけ書けるよ」


彼の言葉にボクは眉を寄せた。

汗は止まっていて、だけど何だか凄く嫌な予感がしてお昼ご飯を吐き出しそうになる。

これ以上聞くべきではないと足が後ろに下がった。

それなのに詩月さんは離そうとしない。


「小説、書いてるでしょ」


ボクは本を落として彼の胸倉を掴んだ。

入学してから約一ヶ月以上経って初めてだ。

いや、そもそも誰かの胸倉を掴むなんてこと自体が初めてだろう。

お腹の中に大きな氷が入れられたみたいにひんやりしていた。


何で知ってる、と心の中で叫んだ。

声が出ない。

喉がカラカラで水分を欲している。


目の前の彼はきょとん、としたような顔でボクを見下ろしていて不快だった。

それなのに「ふぅん」としてやったり顔をされて、右手に力が入る。

平穏な学校生活が早くも音を立てて崩れそうだ。


「パソコン部に入れば書き放題だし。断られても詩月さんとかはしつこいよ?もしかしたら、口が滑るなんてことだってあるもんな」


最後がもう脅しだった。

声がひやっとして低くなっていたし、脅すつもりでその言葉を吐いているのが丸分かりだ。

ボクは眉を寄せて眉間にシワを刻む。


「君、名前は?」


「……創馬。相馬ソウマ 緒美オミ


詩月さんと同じように初対面。

でも、彼はきっと忘れられないだろう。

だって――。


「ボク、君のこと嫌いだわ」


お昼休み終了のチャイムが鳴った。


次の日にまたしても詩月さんが現れて、何故か無理矢理勧誘をしたことを謝って来たが、ぶっちゃけた話をすれば勧誘よりも彼が気に入らなかったので曖昧に笑って返しておいた。

そして変わらず勧誘されて数日後、ボクは渋々パソコン部への入部届けを担任に提出することになる。




***




「作ちゃん?」


声をかけられてぼんやりしていた意識が浮上して、覚醒させられた。

心地いい微睡みから解き放たれたボクは静かに眉を顰めて、ボクを呼んだ人物に視線を向ける。

そこには相変わらずの赤っぽい長い髪を揺らしながらこちらを覗き込む、詩月さんことMIOちゃんがいた。


MIOちゃんと出会い、創馬くんことオミくんに出会って、パソコン部に入部して早一年。

時間が経つのは早くて慣れとは恐ろしいものである。

ボクは図書室に通いつめる時間よりも、パソコン室に通いつめる時間の方が多くなってしまった。


「寝てた?寝不足?」


「……いや、平気」


パソコン部なんて名前ばかりで、部員なんて三人しかいなくて顧問なんて幽霊顧問だ。

それなのにパソコン室はエアコンはあるし、広々としたスペースだし、何故かソファーまで置いてあるしで、とても過ごしやすい空間になっている。


ボクは本を顔に載せたまま、ソファーに身を沈めて眠っていたらしい。

MIOちゃんは鞄をソファー横に置いて、ボクが起き上がって空いたスペースに腰を下ろす。

一年ほどで伸びた髪を見ながら、時間の流れを噛み締めていると、MIOちゃんは不思議そうに首を傾げた。


ボクは寝癖のついた髪を掻きながら「いや、うん」と言葉を選んだ。

だけど適切な言葉なんて思い浮かばなくて「一人の時間が減ったなって」と言っておく。

やはりMIOちゃんは首を傾げていた。


分からないと思うし、別に分かる必要なんてないんだ。

分かる人には分かるだろうし、分からない人には一生分からない問題だってあるんだから。

それに一人ばかりを望むよりは、分からない方がいいと言う人だっているだろうし。


「まぁ、独りぼっちじゃないからいいんだけど。それに、一人じゃないのも楽しいからさ」


よいしょ、と背もたれに寄り掛かって足を組めば、MIOちゃんは更に分からないと言うような目でボクを見た。

ボクは笑顔を作ってMIOちゃんを見返す。


一人と独りぼっちは違うんだよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素直じゃない主人公が可愛く思えました。友だちができて良かったです。 [一言] ありがとうございました。
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