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プロローグ 戦火

こんにちは、花森透です。故・中島梓(栗本薫)の小説塾塾生として、小説を書き始めました。魔界水滸伝やグイン・サーガのような世界規模で政変や陰謀がうずまくお話が大好きです。この作品は第8回C⭐︎NOVELS大賞一次通過作品です。小説好きな方にきがるに楽しんでいただけたらうれしいです。

プロローグ 戦火


「命さえあれば必ず、ふたたびあいまみえる日がくる」


 小高い丘の上にある、巨石を組み合わせた石のむろの前で、二人はしかと抱き合った。おのれの背丈ほどもある長い黒髪が激しい風にほどけて乱れ、なびいている。二人のよく似通った美しい貌は青ざめ、赤い紐飾りのついた袖の長い絹の衣はあちこち裂けて、手首に巻いた珠だけがさえざえと光っている。

 もうもうと黒い煙が流れてきた。宮が炎上しているのだ。

 姫夜は瞳をもときたほうへむけた。炎は先刻よりもさらに大きくなり、館の上の空を真っ赤に焦がしている。姫夜の心の目に、壮麗な彫刻がきざまれた朱塗りの宮の柱が、屋根が、住みなれた館の壁が、金色の火の粉を散らしながら崩れていくのが見えた。


「兄上……」


 涙が姫夜の手の上にこぼれ落ちた。

 しかもその火は兄の伊夜彦イヤヒコの手で放たれたものだ。

 ヒュウガにあるなかでも、戸数百にも満たない集落であるワザヲギの里は、ずっとモモソヒメにまつろうことを拒み続けていた。


『モモソヒメはこれおや、これきみ、尊きことならび無し。因りてそれよりほかの諸神は、すなわち子、すなわち臣、たれかよく敢えてさからわむ』


 再三送られてくる使者に対して、のらりくらりと返答を引き延ばしにしてきたのだ。

 そして今日――ついにモモソヒメはこの里に兵をさしむけた。

 十六でワザヲギの神をまつる神司かんづかさとなった伊夜彦は、代々受け継がれてきた神代文字でしるされた神示とそれを解析した膨大な神書に、火を放つことをすこしも躊躇しなかった。

(神門の秘密はわれらワザヲギの民だけのもの。モモソヒメの手に渡すことはできぬ)

 あるいは伊夜彦はこの日が近いことを、あらかじめ神託によって知り得ていたのかもしれぬ。だがまだ十三の姫夜には、そんなことにまで思いを巡らすゆとりはなかった。

 兄の袖にすがったまま、大きな瞳を見開いて石室へと不安げな視線を投げた。

 伊夜彦は東の空をみやった。


「もうすぐ夜が明ける。ぐずぐずしていれば屍体の数が足りぬことに気づいたものが追っ手をかけるやもしれぬ。神門を開く神呪はおぼえているな?」

「はい。では神門から跳べ、と」

「そうだ。助かる道はこれしかない」


 神門の存在について、姫夜は幼いころから教えられているが、誰かが神門を使って《跳ぶ》ところを見たことはないし、ましてや《跳んだ》ことはなかった。

 神門の多くは岩の柱や巨石を並べたものだ。このヒュウガの神門のように壁と屋根をもつ石室になっているものもあるし、平たい船の形や、天にむかってそそり立つ陽石などさまざまだ。神門は中つ国のいたるところにあり、果てはわだつみを越えた外つ国にもあるという。

 つまり一度をくぐったが最後、海を隔てた遠き国に出ることもありうるのだ。


「我らには追っ手がかかろう。だがなんとしても生き延びねばならぬ。そのために男のなりをさせたのだ。よいな」


 姫夜は兄が多くは語らなかった理由もすべて飲み込んで、目に強い光を浮かべてうなづいた。


「そなたがどこへ《跳ぶ》かはこの兄にもわからぬ。だができうるかぎり遠くへ、まだモモソヒメの手の及ばぬ地へ導かれるよう、兄が祈る」


 姫夜は必死で恐怖をおさえ、できるだけ凛と声を張った。


「兄上はどうなさるのです?」

「私は宮が残らず焼けたかどうかを確かめてのち、穢された神を封じにゆく。今まで我らを守ってくれた神も放っておけば邪霊となって地をさまよい、人に禍をなすだろう」


 伊夜彦は、言霊が力を持つのを恐れ、口をつぐんだ。

 轟々と、地が揺れた。


「なにかが来る……!」


 何かがすさまじい瘴気を撒き散らしながら近づいてくるのを感じ、姫夜はおびえたように兄の袖にしがみついた。

 伊夜彦は半眼になり、神懸かりして云った。


「門を出て最初に出会うものが、そなたの命運を握る。恐れは心を曇らせる。心が曇れば神の光は届かぬ。神がそなたを導くことを信じよ」

「――はい」


 大粒の涙が姫夜の眼からこぼれ落ちた。

 伊夜彦ははじめてやさしさを見せていった。


「これからはおのれの手で運命を切り開くのだ。ワザヲギの民の誇りを忘れるな。決してくじけたりしないと、兄に誓えるか?」

「誓い……ます」


 伊夜彦はおのれの胸にかけていた守り玉をはずし、妹の胸にかけた。青と白の瑠璃の管玉をつらねた首飾りで、真ん中にはひときわ大きな真紅の玉がきらめいている。


「この玉にはわが血が封じこめられている。一族の血がそなたを守る」


 いま一度、妹を抱きしめると、昏い闇をたたえた石室のほうへ押しやった。


「さあ、行くのだ。辛い時はいつも、兄がこの世にあることを思い出せ」

「兄上にも神のご加護を!」


 姫夜は勾玉を握りしめ、神門を開く神呪をとなえた。そのとたん、石室のなかに光があふれ、またたくまにまばゆい七色の光の渦となった。

 ふりかえりたいのをこらえて、もう一度だけ強く兄の無事を念じると、姫夜は虹色の光の滝のなかに飛びこんだ。


(兄上――)


 激しく体ごとゆさぶられるような衝撃と吐き気が姫夜を襲い、次の瞬間、姫夜のからだはあわいに舞っていた。

 生きよ、と叫ぶ兄の声を姫夜はかすかに聞いた。

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