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幻惑  作者: 天野 進志
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第四章 弦 1

第四章 弦



人の少ない町のその外れから、竪琴の音が流れていた。


まずい音だ、と40は自分ながら思う。まるで竪琴が歪んでいるかのような音だ。洞窟内の魔物でも、これよりまともな音を出すだろう。


40は一人笑ったが、それでも飽きもせず竪琴を弾いていた。


40がこれを持って帰ってきたのは、アッシュが「当たり外れは怪しいが大きな情報(ヤマ)がある」と言ったあの冒険からだった。そこで入った洞窟内の一室にあったのだ。ほこりをかぶって眠っていたそれは、まるで40を待っていたかのように拾わせたのだ。


普段ならそんなものに目を向けることもなければ、手にすることもない。しかし40は町に戻ると、自身不思議と思いながらもほこりを払い、弦を分からないなりに調律までした。


どれくらい放ってあったのか。弦は切れも伸びもせず、40の弾くままに「まずい音」を出した。


その音にアッシュもティスも首を振りながらも、文句はつけなかった。それ程、40とこの竪琴とは手にしたその時から、おかしなほど馴染んで見えた。



この国では「音楽」という言葉はない。音を楽しむと言うことがないのだ。もちろん教会でそれを耳にすることはある。しかしそれはあくまで儀式上のことで、それで生業が立つということはない。表だって演奏される物ではないのだ。したがって音楽家もいなければ歌手もいない。


この国では「音楽」という代りに「曲」と言っている。曲は日常の中で必要なものではなく、なくてもいいものなのである。


そのせいかどうか40が町外れで弾く竪琴を、見とがめる者も、聞きとがめる者もいなかった。むろん町外れに人が通ること自体がまれではあったが。


アッシュはその冒険で受けた傷を治すべく、一日宿屋で寝ている。薬草を油で練ったものを塗り、ベッドで一日、傷と体の回復を待つ。回復しなければ、また一日と。


薬草の臭いが嫌いな40にとって、そこで一日過ごすのは拷問に近い。


薬草の臭いをかいでいるだけで、痛くもねぇ体が痛くなってくる、と言うのが40の言い分である。


半分は冗談だが、半分は本気だろう。今までに死にかけては何度となく、それの世話になっている。薬草の臭いが苦い思い出の固まりなのだろう。


一方アッシュにとっては、薬草は体を治すためのものなのだから、好きも嫌いもない。40が「この臭いだけは好きになれねぇな」と言っても「そうか、すまんな」の一言でお終いである。40のために特別一室取ることもしない。体が治らなければ次の冒険にも行けないのだから、それまで待つしかない。冒険に出られる体にならなければ何も出来ないのだから、臭いの好き嫌いなど関係ない、と言う訳である。どうしても嫌なら、40自身で別に一室取れと暗に言ってる風でもある。


全ての宿代はパーティーのリーダーであるアッシュが前もって払っている。40が別室を取るなら自腹を切らなければならなくなるのだが、そこはシーフの(さが)か、余分な金は払いたくないのである。そこで、寝るとき以外は、竪琴をもって町外れに出てくるという訳なのだ。


一緒にどうだと、ティスを誘ってみたが、教会に勤めがあると毎日朝から出て行っていた。どちらにしても40の弾くまずい曲と、朝から晩までつき合うのは辛いものがあろう。40としてもそれは分かってはいたが、こう毎日一人ではさすがにつまらなくなってきたところだった。



今日も40があぁでもない、こうでもないと竪琴を弾いていると、いつの間に来たのか白髪の髪の長い老人が一人、杖を頼りに40の前に立ち眉を曇らせていた。


「まずい音だ」


老人は40と目が合うと開口一番そう言った。


面倒くさそうに見上げた40だが、瞬間顔つきが変わった。


(面白そうなじじぃじゃねぇか)


「あんた、曲が分かるのか?」


「いや」


老人は小さく首を振った。


「ほぉ、じゃ何で。まずい音と言ったが」


「そうだったな」


老人は40の言うことなど上の空のように答えたが、その目は深く40を捉えていた。


「じゃあ、あんたは音が分かるんだな。たいしたもんだ」


40は老人の視線に胸の底がかすかに揺れるのを感じながら、それでもおどけて見せた。


「いや、そんなまずい音を聞けば、赤ん坊とて泣き出すぞ」


「こいつぁたいした言われようだ。が、俺もそうだと思っていたぜ」


陽気に会話を盛り上げようとする40に対して、老人はいつまでも曇りをとろうとしない。


「じいさん、愛想がねえなぁ。まぁ座れよ」


「いや、お前さんと長く関わるのは、良くない兆候が出とる。止めとこう」


三度続けての否定である。しかし、逆にそれが40の興味をより引いてきた。当たり障りのない会話より、関わり合いたくないと言いながら関わってくる奴の方がよっぽど面白い。


「ほぉ、初対面でいきなり嫌われちまったか。そいつぁ、まいった。よし、飲み行こうぜ。俺のおごりだ」


「いや、お前さんは嫌いじゃない。竪琴を持ってるお前さんが、危ないと言っているんだ」


「変なものの言い様だな。何が言いたい」


竪琴をけなされたようで、40は少しムッとした。

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