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幻惑  作者: 天野 進志
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最終章 1

最終章



こんな冒険は初めてだった。


手強く、尽きることなく現れる魔物。複雑に入り組んだ洞窟。暗闇の中、突如口を開く天然の落とし穴。難解な罠。巧妙に隠された通路。それらに立ち向かい、時に避け、アッシュ達は死力をかけて奥へ奥へと進んでいった。いくつかの分かれ道にあうも、迷うことなく三人全てが同じ道を選んだ。目指す者、赴く者、導かれる者、三人はそこを確信して進んでいった。


途中、予期せぬ罠や魔物達に負わされた傷を、ティスは幾度も治療した。いつもなら止めるアッシュも、今回はティスが法術を使うのを止めなかった。アッシュだけでなくティスも40も、ここで力を出し惜しみすればすぐ死につながること、そしておそらくこれが三人で行く最後の冒険になることも予感していたからだった。


目指す目的はただ一つ。それぞれの思い、過去に関わるものであることを。


三人が魔物を打ち払い、様々な困難を越えてそこにたどり着いた時、ティスの法術の光に照らし出され、それは突然現れた。


三人の立つその先には、ぽっかりと何もない空間が広がっていた。そこはまるで時間の存在をなくしてしまったような特異な雰囲気があった。法術の光をも飲み込むが如き空間。その奥まった暗闇の先に、それが見えた。


死すら感じさせる空間の中、それはただ一本、まごうかたなき生を放ち、三人の目を、体を、心を捉えた。


アーベル


暗闇にすっくと生えているそれは、灰色の汚れたローブを大地にし、それを突き破り人の膝ほどの高さに薄黄緑のつぼみをつけ、超然と三人を待ち構えるが如くあった。


「バート」


ごくりと息をのむティスの横で、アッシュが短くつぶやいた。


声は闇に吸い込まれ、一瞬足りとも響かない。


まるでアーベルによって声までもが飲み込まれているようだ。


が、目的のものがそこにある。


立ちすくむ中、先に動いたのは40だった。


「40!」


アーベルに向かって一歩を踏み出す40を、ティスが強く制した。


「あれをどうするつもりですか。40がしようとしている事は、人を捨てること、狂気に走ることですよ」


40はぴたりと動きを止め、ティスに向かってゆっくりと小さく首を横に振った。


「ティスよ。お前の言いたいことは分かってる。だが、それはお前の理由であって、俺の理由じゃねぇだろ?」


40は用心深く体の向きを変え、じりりと下がった。


40はここに来るまでの戦闘で傷ついてはいるものの、ティスの治療により充分に動けるだけの体力が残っていた。


対してティスは、ここまでに使った法術により精神の消耗が激しく、仮に40と渡り合っても勝てるだけの力は残っていなかった。それ以上にアーベルに引き寄せられようとする自分を抑える事だけで精一杯だった。


「40」


と、そこにアッシュが静かに割って入ってきた。


「お前にあれを渡すことは出来ん。お前を第二のバートにするわけにはいかん」


アッシュの言葉が40を引き止める。


40は眉を寄せ、短く笑った。


「アッシュ…、ありがてぇ話だが、それは出来ん話だ」


40は言いながらゆっくりと短剣を抜き、アッシュに向かって構えた。


「どうしてもか」


アッシュはまだ(つか)に手をかけていなかった。それは40に対する意思表示ととれた。


40は一瞬悲しそうな目つきをした。しかし何と言われようと譲ることは出来なかった。今、そこに求め続けたものがある。たとえ仲間を裏切ろうと、死が目前にあるのだとしても、それを諦める事は出来なかった。諦めることは、シーフとしての自分の全てを、今までの全てを否定する事だった。


40はじりっと下がった。痛みが胸に走った。


もはや決別は動かしがたかった。


「動くな、40っ」


アッシュは叫んだ。両腕が一瞬大きく震えた。


「それ以上、下がれば斬ー」


瞬間、40は斬りかかった。


完全に虚をついた仕掛けだった。アッシュとまともに剣を交えて勝てはしない。もし勝機があるとすれば、虚をつくこの一瞬しかなかった。

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