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each story  作者: 流雨
5/7

馬鹿と自販機

ガコン。自販機の受け取り口に、メロンソーダが降りてきた。でもそれはすぐに取り出さずに、自販機の右下のパネルを睨む。

ピピピピ。四桁の数字が表示されて、


「あーくそ!」


思わず自販機を蹴りたくなった。またハズレだ。


苛々しながら受け取り口からメロンソーダの缶を取り出して脇に置き、額に玉のように浮かんだ汗を乱暴に半袖シャツの袖で拭う。

既におれの周りには、メロンソーダの缶が山と積まれていてミニピラミッドを完成させていた。


おれは今、このクソ暑い炎天下の中、家の近くの自販機の前に一時間くらい突っ立って飲みもしないメロンソーダを買っている。

しかも馬鹿みたいに大量に。

そろそろ日陰行かないと熱中症で倒れるぞおれ。


そもそも何故こんな事をしているかと言うと、家で仕事中にちょっと午後の紅茶ミルクティー味を飲みたくなってこの自販機に買いにきたところ、「7がそろえばもう一本当たる!」っていう魅惑のキャンペーンを発見してしまった事から始まる。本当は紅茶だけ買って直ぐに家に帰るつもりだったんだけど、その初めの一本が6777だったんだ。だから、(もうちょっと頑張ればもう一本ゲット出来るんじゃねえ?)って思ってしまった訳だ。


むしろそれだけだ。後はご想像通りに、ちょっと7を四つ揃えてみようとやってたらいつのまにかムキになってたってだけだ。


…おい誰だ?今おれをアホだって言ったやつ。


まあいいや、そいつは後でしばくとして。

「もう一回!」

財布から五十円玉を出して自販機に入れる。因みに午後ティー(ミルクティー味)は既におれの腹の中。午後ティーで満たされたおれの胃に、買いすぎたメロンソーダが入る余地は無い。因みに何でメロンソーダなのかと言うと、これが一番安いからだ。


メロンソーダの下のボタンを押す。すぐにガコン、と缶が落ちてくる。祈るような思いでパネルを見つめる。7出ろ7!


「……」


一番左の数字が表示された。7だ。よしっ


「………」


ほどなくして、目まぐるしく変わっていた次の数字が止まる。これも7。お?


「…………」


次の数字も7。マジか!これは行けるんじゃないか?ついに来るか?7出ろ7!なーな!なーな!ななでろなーな!


「…………」


息を詰めて見守るおれ。最後の数字が止まるのはほんの一秒くらいだったけど、凄く長く感じられた。


9。


「何でだよ!何でだよ!」


今度こそ蹴りを入れてやった。それも結構本気で。ここまで期待させといて最後に落とすなよ!根性悪すぎなんだよ!


「もう一回!」

おれは7777が出るまでやり続けるぞ。7が揃うかおれの金が尽きるのが速いか勝負だ!


ちゃりん。おれが蹴ったところがちょっと凹んでるのは見なかったふりをして、自販機に五十円玉を入れメロンソーダのボタンを…って、あれ?

さっきまで緑色だったメロンソーダのランプが赤になってる。というか、代わりに赤い文字が表示されてる。


これは…まさか、


「売り切れ…」

そりゃそうだった。今までおれはメロンソーダだけを三十缶近く買い続けていたのだ。メロンソーダのストックは決して無限ではない…完全に失念していた。


仕方ない。メロンソーダ以外のを買うか?うーん、でもな…


おれは唸りながら、顎に手を当てて自販機を眺める。

他のやつは最低でも百二十円はするからな…何というかお金勿体無いよ。うん。

この自動販売機の中で、メロンソーダの缶だけが五十円と格安だったのだ。だからこそおれは、そこまで金を気にせずに馬鹿みたいにメロンソーダを買いまくってるのだ。もしこれが百二十円だったら絶対やってないし。


これは引き分けって事にするか?いくら一缶あたりが安いからって言っても、そろそろ財布がピンチだし。しかもちょっと冷静になってみれば本当に馬鹿でエコじゃない事をしていた。この大量のメロンソーダ、どうするんだよ…おれ一人暮らしだしなあ…


「近所に配るか」


それがいい。もしかしたらこの中のいくつかはこの暑さの所為で温くなってたり炭酸抜けてマズくなってたりするかもしれないけど、まあ冷やせば多分美味しいし。そういえばおれの住むマンションのお隣さん、車に轢かれて事故ったって言ってたっけ。そのお見舞いに押し付けよっかな。


あと問題はどうやって持って帰るかだよなー…これ一気には無理だよな。じゃあ五個ずつくらい持って帰って…



「あのー…すみません」

背後から、いきなり声を掛けられた。

「えっ!?はい」

びっくりしたー!人か!あ、いや人じゃなかったら誰だって話になるんだけど。

考え事に夢中で、後ろから近づかれている事に気付かなかった。

なんかみすぼらしい服を着てるおじ…いやお兄さんだ。年はおれより干支一回りぶんくらい上だと思う。


「飲み物を買いたいのですが」

「あ、すみません」

足元で捨てられてたガムを踏んだ時みたいに自販機の前から飛びずさったら、ありがとうございますなんていいながらおっさ…お兄さんが自販機の前に立ち、財布をズボンのポケットから取り出す。おれが積んでたメロンソーダの缶を踏み越えながら。


おれはその場でお兄さんが爽健美茶を買うのを見ていた。

バリバリ平日の、しかもこんな時間にここに来るって…この人の仕事って何なんだろう。

着てる服ってあれだよな、どう見ても灰色のスウェットだよな。もしかするとホームレス?いや、ホームレスだったら自販機なんかでお茶買うよりももっと安いスーパーなんかで買うと思うし、そもそも近所に住んでるホームレスなんて見かけた事が無い。

じゃあこの近くの工場かなんかで働いてて、休憩がてら飲み物買いに来たとか?このセンが一番ありだけど、仕事に合わないスウェットを着てるって事がおれを安易に納得させない。…ん?じゃもしかしておれと同類!?家でやる仕事だったら、こんな時間にあんな格好なのも頷けるよな!小説家とかイラストレーターとか漫画家とか…あとナントカとかカントカとか。


そんな無駄な事を考えてる内にお兄さんはお茶を取り出した。そしてお決まりの数字が表示されて…って、


「おおお!?」

奇しくもおっさんとおれの声が被ってしまった。


嘘だろ!?7が四つ揃ってる!

思わず目を瞬いて、さらに三回くらい擦ってしまった。でもパネルに映される四桁の数字は何度見ても同じだった。違いない、7777。


おっさんは一瞬驚いた後、嬉しそうな顔をしながらもう一本、コカコーラを押した。コカコーラか…カロリー高いぞ、おっさん大丈夫か?無難にコーヒー(無糖)とかにしといた方が良いんじゃないか?


しかしすっげええええ……おれが何十回とやっても当たらなかったのを、このおっさんたった一回で当てるなんて!何者だよ!

おれは最初、おっさんの運の良さにただ感動し、尊敬の念すら抱いていたが、次第に羨ましさが募ってきた。


だっておれは7を揃える為だけにこんな頑張ったのに、おっさんはたったの一回だけで当たったんだぜ?なんか不公平って言うか、おれが飲みもしないメロンソーダに1500円もつぎ込んだ意味は何だったんだ?ってなるじゃん。


本当…何だったんだろうな…おれの1500円…

なんか虚無感まで襲ってきてしまった。やばい泣きそう。


おっさんは「ラッキー」とか呟きながら右手に爽健美茶、左手にコカコーラを持ってその場を立ち去ろうとする。おれは無性に腹立たしくなって、気付いたらその高くもなく低くもなく、広くもなく狭くも無い背中に叫んでいた。


「あの…っこのメロンソーダ貰ってくれませんか?全部」


まあきっと、腹立たしくなったのは、めちゃくちゃ暑かった所為だ。


おっさんが炭酸の抜けたメロンソーダの缶を三十個もかかえてその処理に困れば良いなんて…思わなかったことも無い。




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