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each story  作者: 流雨
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わたしの日常

突飛な世界を夢見てたという訳ではない。ただ日常に飽きていただけだ。何も変わらない日々にちょっとうんざりしていたのだ。

そんな日々に何かしらの変化を求めるのはきっといけない事ではないと思う。


「いらっしゃいませー」

暇そうに欠伸をしていたあの人は、わたしが中に入って来たのを見て即座に営業スマイルに切り替える。営業スマイル。どちらかというとそれらしくないふにゃっとした顔。

この店は土地の関係上かどうかは知らないが客がいつ来ても少ない。店員は彼一人の様だ。対するわたしは表情を変えずに会釈だけをする。わたし以外に客が一人も居ない店内を目的地に向かって真っ直ぐ歩く。

上から下までペットボトルが隙間なく並んだ棚の透明なガラスケースを開けて、二秒悩んで中から麦茶を取り出した。95円の一番安いやつ。


レジに右手にぶら下げていたペットボトルを置く。想像外に大きな音がして、緑のエプロンのあの人は少し吃驚した様だが、すぐに笑顔に戻ってわたしの置いた麦茶を清算した。

「95円になります」

わたしは無言で百円玉を置く。あの人が受け取ってまたレジに何かを打ち込む。

「5円のお釣りです」

彼の五円玉を持った人差し指と親指が、一瞬だけわたしの掌の上に載せられていたレシートに触れる。だから何だ。五円玉が置かれる。

彼は営業スマイル。

わたしは無表情。

白濁のポリ袋に入れられた麦茶を貰って、わたしはまた会釈してコンビニを出る。ありがとうございました、の声を背中に受けながら。自動ドアが左右に開き、わたしを外へと追い出す。わたしの被害妄想に過ぎないが、自動ドアの開き方はさっさと出ていけと言われている様でいつ見ても気分が悪くなる。



何も変わらない退屈な日々。

駐車場に停めておいた自転車に乗る。サドルを踏んで漕ぎ出す。空はもう、多分さそり座のアンタレスが見えるくらいに暗くなっていた。




ジリジリ煩い耳元のアラームを止める所から始まる、平凡で変わりがないわたしの日常。


朝。ベッドから起きる。欠伸をする。自分の部屋から出る。ちょっと手で髪にくしを入れる。階段を降りる。リビングのドアを開ける。歩く。テーブルの自分の席に着く。また欠伸をする。


「あ、先に顔洗わなくちゃ」


忘れてた。隣の洗面所に行く。蛇口を捻る。水が出てくる。手をお椀状にする。温い水道水を溜める。顔に掛ける。温い。やっぱり日常。ついでに歯も磨いておこう。またリビングに戻る。暑いからエアコン付ける。設定は二十八度。二つ下げる。また席に座る。


「………よし」


温い水で目が覚めた所で、さてさて朝ご飯だ。まだ皿しか用意されてないという事は、今日は食パンだろう。自分の皿を取り、ああ見つけた、オープンの上の食パン四枚切りも取る。近くのスーパーで98円で売ってるやつだ。開けて一枚取り出す。何で食べよう?


ちょっと豪華にハムチーズにしようか。ケチャップとマヨネーズは…気分じゃないからナシで。だけど冷蔵庫まで歩いて行くのが面倒臭いからハムチーズ自体ナシにしよう、うん。焼くのもやめて、そのまま齧る。うん、普通。固くも柔らかくも、不味くも美味しくも無い普通の味と食感。弟が起きてきた。


「おはよう姉ちゃん」

「はよ」


軽く挨拶をすませる。これも日常。あれ、だが弟の様子が非日常。そわそわしていて落ち着きがない。目の下にくまがある。子供は寝ないと育たないぞ。


「どした?」

「…うーん」


弟は起きているのか居ないのか解らない微妙な返事をし、目を擦りながらわたしの隣の席に座る。因みにわたしの向かいが母で、弟の向かいつまりわたしの斜めが父。弟はテーブルクロスを見つめてパンに手を付けようとしない。


「姉ちゃんに言ってみ」

「実はね…女の子に告白されたんだ」

案外あっさり言ってくれやがるものである。

「ふーん」

「しかも二人同時に」

「へえ」


それなんて少女マンが?と思いつつ、わたしはパンを齧りながら生返事をする。自分から聞き出した癖に失礼だとは思わなくもないが、これがわたしの通常運転だから仕方がない。これでもちゃんと話は聞いているのだ、ただリアクションが薄いだけで。そこら辺は弟も分かってくれている。


しかし弟がそんなにモテるとは思っていなかった。こんな、いつも本ばっかり読んでいてクラスで孤立してそうな暗くて地味な奴がねえ。もっと格好良い男子も居るだろうに。


「で、どうすんの。どっちを選ぶの?それとも両方?」

「…どっちも好きじゃないから……」


二人に告白されて二人とも振るとは、こいつ大した根性をしている。世の中には異性に一回も告白された事が無い奴も居るというのに、贅沢なやつだ。だがまあ、好きでもない子に告白されるとは難儀な。


「でも、断ったら怖そうだし」

それで断るかどうするか、昨日一日中悩んでいたと言う事か?わたしは弟の目の下のクマをチラッと見て考察する。


「どんな子?」


わたしがそこまで細かく訊くとは思っていなかったのだろう弟が、少し目を丸くしながらも答えた。


「うーん…変な子と変な子」

「ふーん」


類は友を呼ぶってか。こいつも大概変だから同類の匂いみたいなのをその子達は嗅ぎつけたのかもしれない。ま、どうでもいいけど。


ご馳走様、と言って立ち上がる。台所に食べ終わった皿を持っていく。洗わない。結局わたしが食べ終わっても母と父は降りて来なかった。まだ寝ているのだろう。今日は平日だが、父と母は特別に休みを取って二人だけで出掛けるそうだ。いつものご褒美だか何だかで。


「ま、せいぜい頑張りな」

断るにしても、付き合うにしても。どっちを選んだとしても大変だろうから。

やっとパンを食べ始めた弟に、背中を向けながら言ってやる。微かに聞こえていた咀嚼音が一瞬消えたが、返事は返って来なかった。


また二階に上がり、自分の部屋に行く。着ていたパジャマを脱いで制服に着替える。歯磨きはさっきしたからいいや。ちゃんとしたブラシで髪を二、三回適当にといて、ベッドの横に立てかけてあった学校指定の鞄を持つ。


玄関に降りる。靴を履く。扉を開ける。いってきます、誰にともなく言ったら以外に、行ってらっしゃいと家族の誰かが返してくれた。


わたしが通う学校まで自転車で飛ばせば約十五分。十分間に合う。わたしは少し余裕を持って自転車に鍵をさす。いつもは遅刻ギリギリだから、これはちょっとした非日常。

今日も暑い。朝とは言え既にセミが鳴いていて煩い。もう少し遅い時間から鳴き始めて欲しい。というかもう鳴かなくても良い。一生土の中に篭っていてくれていい。


ちょっとした坂道を自転車で駆け登る。同じ学校の制服を着た徒歩の生徒を、数人追い抜かしていくのは少し爽快だ。爽快だけど暑い。


学校につく頃にはちょっと汗をかいていた。ベトベトしてて嫌だ。学校、クーラー付けてくれないかな。無理だろう。と自己完結して自分の教室に入っていく。クラスメイトの女子が数人、一つの机に集まって座って駄弁っていた。男子も数人、教室の後ろで固まって騒いでいる。本を読んでいる子、多分今日提出の宿題を慌ててやっている子、寝ている子などなどが数名。

わたしはそれらをちらりと見て、挨拶をする事もなく自分の席に座る。彼らはわたしに気づいているのかいないのか、やっぱり「おはよう」などと声を掛けてくる事は無い。


いつも通り。


今日もなんて事のない日だろう、と思っていた。





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