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each story  作者: 流雨
1/7

私と友達

「おはよう!」


学校に着いて、真っ先に私に話しかけてきたのは幼馴染の瑞希だった。黒くて艶やかな髪をツインテールにして両方を水色のリボンでくくっている。それに合わせて着ているのは水玉のワンピース。涼しげなイメージが夏にぴったりだ。


「おはよう」


下駄箱で上履きに履きかえていた私は、手に持っていた下履きを下駄箱に置いて友達に挨拶を返す。瑞希もまだ教室には行ってないみたいで、背中にランドセルを背負っていた。


私が四階の教室に行く為に歩き出すと、横に瑞希が並んで話しかけてくる。


「ねえねえ幸子、昨日のドラマ見た?八時からやってたやつ」

「あー。うん、見たよ。面白かったね」

「あそこで終わるなんて反則だよね!早く来週にならないかなー」

「続き気になるよね」


そんな取り留めのない会話をする。二人でお喋りしながらだから、一人で階段を上って行く子達にどんどん抜かれて行くけど気にしない。まだ八時十分くらいだから、のんびり行っても三十分から始まる朝礼には間に合う。瑞希とはクラスが違うから、お話出来る時間が少ないのだ。出来る時にしておきたい。


ドラマの話をしていると、「あ、そういえば」と瑞希が声を上げた。


「幸子。まだあの人と仲良くしてるの?」

さっきより声を潜めて、周りの子に聞こえない様に私に聞いてくる。ああ、あの子ね。

「…うん。あっちが話しかけてくるから、無視する訳にもいかないじゃん」

私も心持ち声を潜めて返した。

「えー、マジで?もう無視しちゃっていいんじゃない?」

瑞希は露骨に嫌そうな顔をして言うけど、私は苦笑いで誤魔化す。

「まあ、あれだから」

「何がアレなのよう」

「っと、それじゃあばいばい」


瑞希は1組、私は2組だからここでお別れだ。

まだ何か言いたそうにしている瑞希を無視して私はさっさと教室に入り、瑞希の言及から逃れた。

心の中で溜息をつく。朝からちょっと疲れた。でも、ここで疲れてる場合じゃない。一日はまだ始まったばかりだから。これからもっとしんどいイベントが待ってるからね。


「おはよ」

「おはよー」

「おはよう」


先に教室に居た子が私に挨拶してくる。私もそれに返す。いつもと変わりない風景だ。

自分の席に座り、ランドセルから今日使う教科書を取り出して机に入れる。ランドセルの蓋を閉めて、後ろのロッカーに放り込む。また席に座る。


そして、いつもならこの時にくる。


「おはよう、幸子さん」

ほらやっぱり、この声は。私は後ろから掛けられた声に、振り返って'笑顔'で答えた。

「おはよう麗ちゃん」

私の後ろの席で、ドレスみたいなヒラヒラの服を着て微笑んでいる。髪はくるくるの金髪。

麗香はこのクラスで一番頭が良くて運動神経も良い。そして親は街の実力者でお金持ち。

付け加えるなら、この学年で一番浮いてて世間知らずだ。


一応、私の友達って事になってる人。


「宿題はやってきました?」

「うん」

「そうですの。私もやってきましたわ」

当たり前だろ。


麗香は五年生の時に私の学校に転校してきた。

麗香とは六年で初めて同じクラスになった。前から「変な奴だ」とは聞いてて、実際に見てみるとやっぱり変だった。

麗香は何でもできるし、顔もいいから女子からは嫉妬され、男子からは敬遠される。だから友達がいなかったらしくて、たまたま席が上下だった私に声をかけたらしい。


それで、私は反応してしまった。

「初めまして。麗香って言いますの」

「え、ああ、うん。初めまして」

話しかけられたのだから返事しなきゃいけないと思って、言っちゃったのだ。

それから何故か、麗香の中では私が一番の友達って事になってるらしい。


お陰で私まで皆から一歩引かれてる感じがしてならない。

教室でもおはよう、とかばいばい、とかクラスの子と挨拶はするけど、それ以外の会話をする事はほとんどない。唯一私と話してくれるのは幼馴染の瑞希くらいだ。浮いてる子と仲良くするとこっちまで敬遠されるって本当らしい。


で、この子の何処が変なのかって言うと。


「ねえ幸子さん。私、好きな人が出来たの」

麗香は顔を少し紅潮させてそう言った。

いきなりだった。


「へ、へえー。そうなんだ。誰?」

興味のある振りをしておく。

麗香は私が興味を持ったと勘違いしたのか、なんか凄い嬉しそうな顔をして「うふふ」とか笑ってる。

「誰にも内緒ですのよ?」

「うん」

「…直樹さんですの」

「ええっ」

直樹って言えば、クラスでもあんまり目立たないタイプの子だ。思わず直樹を盗み見てしまう。運動も勉強も顔もいまいちで人見知りっぽい彼は、今も一人で本を読んでいた。


「直樹くんねえ…」

正直これは驚いた。麗香だったら、もっとかっこ良い人を好きになると思ってたから。まあそれ以前に、麗香の恋なんてあんまり興味は無かったけど。


「この前職員室から皆さんの宿題ノートを持ってくる時に、半分持ってあげようかと直樹さんにお声を掛けられたの」

聞いてもないのにそんな事を教えてくれた。

小学生の恋の始まりなんてそんなもんだろう。ちょっと異性に優しくされただけで直ぐに恋に落ちちゃうんだから。馬鹿らしいーーなんてもちろん麗香の前では言わない。


「ふうん。で、どうするの?」

「…どうしましょう?」

自分で考えろよ。


麗香は私を上目遣いで見る。

「この前読んだマンガでは、男の子を巡って主人公とそのお友達がライバル関係になってましたわ」

…この子が何を期待してるか、嫌でも分かってしまった。


この子は本当に変な奴だ。


私は後ろ向きの姿勢から前に向き直って、麗香に顔を見られない様にした。今私は、きっと嫌な顔をしてると思うから。

私は前を向いたままぽそりと言う。


「実は私も、直樹くんの事が好きなんだ」




「ほ、本当ですの!?」

言葉に反して、麗香の声は弾んでいる。新しいゲームを買って、いざやろうとしている時のような。

「うん。皆にはもちろん言わないでね」

「じゃあ私と幸子さんはライバルになりますのね!」

「そうだね」

「私、負けませんわよ!絶対に直樹さんを手にしてみせますわ!」

「あんまり大きい声だすと、周りに聞こえるよ」

見なくても分かる。絶対に今の麗香は嬉しそうな顔をしてるだろう。



この子の何処が変かというと。


少女漫画を読みすぎてるところだ。


麗香は今まで友達がいなかった。少なくともこの学校に転校してからは。前の学校でどうだったのかは知らないし興味も無い。


一緒に遊ぶ友達がいなかい麗香は、暇つぶしに本を沢山読んだんだと思う。そして、気に入った話の主人公になりたがった。


この前は冒険もの。主人公が勇者になって、仲間と一緒に悪い王様をやっつける話だった。麗香は嫌いな先生を悪者に見たてて、私は仲間になって一緒に戦った。馬鹿にするんじゃないと怒られて終わった。


今回は恋愛もの。主人公とその友達が同じ人を好きになって、いろいろな葛藤があった挙句に主人公が結ばれる話みたいだ。


そんなお話の主人公になりたがる。まあその気持ちはわからないでもないんだけどね。女の子は誰でも、ヒロインに憬れるものだから。勇者は無理だけど、恋愛ものなら真似できるものね。


ああ面倒くさい。


普通の人なら、憬れるだけで実際になろうなんて考えない。でも麗香は、自分が主人公に本当になれると信じているから質が悪い。お嬢様で世間知らずだから。


だから私は、オトモダチとして役になりきらなくちゃならない。

麗香がこの遊びに飽きるまで、主人公が好きになった子を好きになって、最終的に振られる役をしなきゃいけない。


「優しい所が格好良いですよね」

「そうだねー」

さらに質が悪いのは、本人に悪気が無い事だ。他人を巻き込んでる事を理解してない。私が気を使ってる事も知らずに、本当に私が直樹を好きだと思ってる。


だから断りにくいんだ。皆は無視すれば良いって言うけど、こんな純粋な子にそれはちょっと可哀想なんじゃない?って心の中の私が言うのだ。


「これから楽しみですわね!」

どこが楽しいんだよ。現実はそんな上手くいかないよ?私達が告白したとして、直樹くんが麗香を選ぶ確率多分0%だよ?どっちも選ばないと思うよ?

「そうだね」


あ、社会のノート持ってくるの忘れたな。後で瑞希に借りに行こう。


本の中のお話は現実にはならない。でもそんな事麗香には分からないんだろうな。もう主人公になったつもりだから、直樹くんと自分がくっつくって信じて疑わないんだろうな。可哀想な麗香。


その時の私に湧いてきた感情を同情って言う事を、私は知ってる。


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