後編
持つべきものは友人だ。友人サイコー。素晴らしい。おかげで私は、部屋から一歩も出ることなく、必要な情報を全て手に入れることができた。
死亡者は当時9歳。小学校4年生。身長は131cm。ウォータースライダーにギリギリ乗れる身長だ。
事故の日、彼女は家族で遊びに来ていたらしい。ウォータースライダーに乗るのを、かなり楽しみにしていたそうだ。
情報を得て、私は、教えてもらった住所の場所に行った。
「えーと、・・・・・・3丁目の・・・5番地、っと。―――――ここか。」
亡くなった少女の家である。事故後、家族は九州の方に引っ越したらしい。(なんで行った先まで分かるんだよ。)
「―――――・・・さて、と。」
ここから先は、運だけが頼りだ。推理だなんてそんな高尚な物、私には出来ない。だから、この“心当たり”が無関係だったら、諦めなくてもそこで試合終了だ。
条件は2つあった。1つ目は、“心当たり”が亡くなった少女の家の近くにあること。2つ目は、それが少女に関係あること。
(まぁ、1つ目はクリアかな。)
ウォータースライダーの上からかすかに見えたその看板は、少女の家のすぐ近くにあった。
案外、あっさりしたものである。問題は2つ目の条件だが、まぁそれも大丈夫だろう。
私は、ある種の根拠の無い確信をもって、その店に近付いた。 それにしても・・・―――――
(―――――でっかい、“三角定規”だなぁ。)
近付けば近付くほど、その大きさに後退りしそうになる。三角定規。これ以上はない、というほど分かりやすい、文房具屋さんの看板だった。
(これじゃあ、探したくもなるよね・・・。)
たぶん、私も探すだろうと思う。
――――さて、2つ目の条件はクリアなるか。私は気を引き締めて、店内に入った。
○
結果から言おう。条件はクリアした。予想以上にうまい具合に。
店をやっていたのは優しげな老婦人。私が友人からもらった少女の写真を見せると、涙ながらに語ってくれた。
「とても明るくて・・・いい子でしたよ。あの日も、ここに寄っていってくれたんです。それでね・・・・・・この、レターセットを・・・あの子が、大好きなキャラクターが描いてある、これをね、絶っ対、買っていく、って・・・・・・。・・・・・・プールに持っていったら、濡らしちゃうかも知れないから―――――おばあちゃん、取っといてね。売っちゃダメだよ―――――って・・・。初めて・・・ウォータースライダーに乗れるって・・・・・・すごく、楽しそうにしていたのよ。それが・・・・・・乗る前に・・・あんなことに、なってしまったなんて・・・・・・・・・。」
老婦人は、心底悲しそうに目を伏せた。ツラいことを思い出させてしまったかと、少し胸が痛んだ。と同時に、聞くだけ聞いて帰ろうとしていた心が、あることを思いついた。
「このレターセットはね、本当は、家族の方に渡そうと思っていたのよ。・・・でも、何も言わずに、引っ越しちゃったから・・・・・・。―――――いい加減、処分しようかしら。」
「・・・・・・あの、もし、よろしければ―――――それ、私に預からせてもらえませんか?」
「え?」
「今でも、あのウォータースライダーには、その子の霊が出るそうなんです。―――――捨てられて、しまうかも知れませんが・・・・・・供えてきてあげたいんです。」
老婦人は、困ったような、驚いたような素振りで、しばらく黙っていたが、やがて、
「―――――――そうね・・・。そのほうが、良いわよね。じゃあ、申し訳ないけど・・・・・・頼んでも、いいかしら。」
と、私にレターセットを預けてくれた。
さて、その夜。
私はプールに忍び込んだ。
老婦人と別れたあと、すぐに私は友人に電話をし、―――――ダメもとで、
『プールへの侵入経路と、警備員とかいたらその情報が欲しい。』
と言った。さすがに無理だろうと思っていたので、
『ん、了ー解っ。そうだなぁ、1時間くらい待ってくれるかな。メールするよ。』
と、あっさり言われたときは、なんとも、こう・・・・・・やりきれないというか、拍子抜けというか・・・・・・とても奇妙な感覚を味わった。っと言うか、アイツは本当に何者なんだ?!
友人の情報は完璧だった。警備員の巡回ルートも、時間も、ついでにと調べてくれた監視カメラの位置も死角も、寸分の狂いも無い。おかげで私は無事、ウォータースライダーに辿り着いた。
夏とはいえ、時は深夜。辺りは真っ暗である。懐中電灯は点けられないから、目を凝らして、慎重に、高台を登る。
てっぺんに着くと、まず目に入ったのは、暗闇の中にぼんやりと浮かぶ、白い小さな人影・・・――――――――――
(うっそぉ・・・・・・マジで、出てるよ・・・。)
私は唾を飲んだ。
いや、だって・・・・・・供えてくるだけのつもりだったし。そもそも、幽霊の存在自体、信じてないのに。―――――――本当に、出るんですね、幽霊って・・・・・・。今まで「幽霊を見た!」って言う子を散々バカにしてごめんなさい。心霊番組を片っ端から批判してすみません!修学旅行中に怪談話で盛り上がるクラスメートに「くっだらない。」とか言って申し訳ありませんでした!!
心の中で謝罪会見を開きながら、私はその場で固まっていた。
汗が冷えたのか、少し、肌寒く感じる・・・・・・。
小さな人影は、水着を着た女の子。亡くなった少女だ。柵に掴まって背伸びをして、文房具屋さんのある方向をじっ・・・と見ている。
(―――――・・・よし。)
私はゆっくり深呼吸をして、腹をくくると、その子に近付いた。
少し手前で立ち止まり、しゃがみこむ。それから、こちらをチラリとも見ない少女に向かって、レターセットを差し出した。
「―――――文房具屋さんからの、お届け物です。あなたが欲しいのは、これでしょう?」
――――――――すると、少女は初めて、こちらを向いた。
「っ。」
私は悲鳴を飲み込んだ。
少女の顔の―――――こちらからは見えなかった半分が―――――ぐしゃぐしゃに、潰れていたからである。
(あぁ・・・・・・顔から落ちたんだ・・・。)
パニックになりかけた思考を無理に押さえつけていると、思考は一周回ってもとの場所に落ち着いた。あるよね、こーゆーことって。びっくりしすぎると、逆に落ち着くこと。うん、よくある、よくある。
思わず凝固した私だったが、少女は何も見ていないように、私の持っているレターセットに手を伸ばした。そしてそれを掴み、胸に抱いて、ふわりと・・・・・・本当に、幸せそうに、笑ったのだ。
とっさに返した私の笑みは、かなり引きつっていたと思う。けれど、少女は気にした様子もなく、にこにこと笑ったまま―――――スゥッ、と、空気に溶けるように、消えていった。
(成仏・・・・・・した、のかな。)
レターセットごと消えてしまったから、やっぱりそれが心残りだったのだろう。無事に成仏してくれたと思いたいが。何せ、こっち方面の話には疎い私である。
(―――――まぁ、いいや。)
“レターセットを供える”という任務は果たした。私はとりあえず合掌して、プールを後にした。
○
かくかくしかじか―――――――
「―――――と、そういうわけで、一件落着っと。」
「ふぅん、そんなことしてたんだー。」
大学からファストフード店へ向かう道中、私は友人にこれまでのことを話した。情報料代わりに、これから奢る予定である。
「でもさぁ、何で、そんなに真剣にやってたの?」
「―――――・・・何となく。気になったから。」
「何となく、って君ねぇ・・・。そんなんじゃ社会でヤッテイケナイヨ!」
嫌われ者の教授の真似をした友人に、私は冷たく鼻を鳴らして、肩をすくめた。
おやつ時の店内は、案外空いているものだ。いつも通り、私はチョコレートパイとコーヒー、友人はアップルパイとジンジャーエールを受け取って、席に着く。
椅子に腰かけるや否や、友人はアップルパイを手に取った。慣れた手つきでパッケージを開け・・・―――――あ、ヤバイっ。
「ちょ、待っ」
「いっただっきまーす!」
先手、友人。
私の制止は間に合わず、友人は熱々のアップルパイに思い切りかぶりついて、いつものように、
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
と、声にならない悲鳴を上げた。
―――――・・・・・・本当は、きちんとした理由がある。
けれど、それは誰にも教えない。
何故か、って?―――――それを言ったら、秘密にする意味がないだろう。
言えることはただ1つ・・・・・・決して、他人事ではなかった、と、そういうことだ。
ありがとうございました!
感想アドバイス等ありましたら、ぜひ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m