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ホンのひとり言

作者: アミノ酸

お試し投稿。短い文です。

「お早うございます」

「…………、」

「お茶、はいりましたからね、冷めないうちにどうぞ」

「…………、」

「ここに置いときますね……置きましたからね?」

「…………、」

「暇ですね~」

 これは全部、私の独り言だ。

別に話し相手がいないとか、誰もいないから、そこに誰かがいるような素振りで話しかけているような、そんな寂しい人生を送っているわけではないと最初に言っておく。というのも、私がなんと話しかけようが、返ってきた試しがないからで、だから私は独り言と、ちょっと皮肉を込めた言い方をしているだけなのだ。より正確に言うとするならば、彼に対する私の独り言だ――目の前にいらっしゃる彼に向かって呟く、独り言。

 目の前にいると言うのも、少し語弊があるかもしない。何せ彼は机を隔てた向こう側の住人で、しかもその机には大量の本、云々が積み重なって山あり谷あり、高く聳え立つはまるでピザの斜塔のようだ。それはそれは絶妙なバランスの上に成り立っている。

 いつか倒れるのだろうか? 危うい場面なら幾つか遭遇した事ならある。

奇妙な事に私はまだ一度もそれが崩れた様を見たことが無い。時折、彼はふと思い出しては、積み重なる本の山から一冊の本を器用に抜き出して、読みふける。読み終わると、それを同じ場所には戻さずに、これはまた器用に上に重ねて置いていく。

 その様子は1人でジェンガをしているかのよう。そもそも、ジェンガというものは1人で遊ぶものではない、複数名で遊ぶものだ――本と戯れていると例えた方がいいのかもしれない。

 彼は崩れそうな箇所を支えて…そっと上に置いて手を離す。ああ、重みで土台がぐらついた。ああ、高くしすぎたピサの斜塔が更に傾いて…さながら彼は建築家、どこに本を置くか、重心を取りながら、上手に高く積み上げるか、計算しているに違いない。いやいやそれはないだろうか、崩れて来たから支えただけ、無頓着に無造作に、何も考えずにただ置いているだけそれでも本が倒れないのは、彼が本に愛されているからか。


 それにしたって滑稽に映ってしょうがない。


「ぷっ…」

 ああ、だめ…見たらだめだ、やっぱり笑えてきてしまう。ここで働くようになって一年以上経つのに、慣れた事と慣れない事がある。まさに今の動き、何時見てもどうしても慣れないからついつい笑ってしまう。笑ったところで、彼は気にもしないのだろう、でも人を見て笑うのは失礼だと思うし、それにだ。何もオカシナ事なんて無いのに、いきなり笑い出したら変な人だという偏見が私にはある。あるからこそ、お腹に力を入れて必死に堪える。一時的な衝動が過ぎれば、あとはいつもと変わりない時間、お客が来ればそこそこに忙しいが、今日はもう遅いから来ないだろう。そうこうしているうちに、一日の終わりを告げる鐘が鳴る。戸締りをして、ここを出るときに、私は必ずこう言うことにしている。


「戸締り終わりましたよ、それじゃ私はこれで…また明日」


本の彼方、ペラリとページを捲る彼方(あなた)の姿。


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