第八話 凶兆
「・・・・っ」
雀の鳴き声と強い日差しがカーテンの隙間から差し込む。
体が反応する前に声が出た。
「・・・もう朝か。」
下から母の生活音が聞こえてくる。
朝食の準備をしているのだろう。
俺は顔を洗いに行こうと起きだす。
そういや兄貴はもう起きてんのかな。
「祐兄、起きろ。朝だぞ」
ドア越しに声を掛ける。
・・・返事はない。
いつもこんなだ。兄貴は朝がめっぽう弱い。ほっとけば飯までには降りてくるだろうが。
「二人とも、ご飯よー。」
母の声がする。
「ああ、今行くよ。」
俺は兄貴にもう一度声を掛けた。
「祐兄、飯だぞ。早く起きろよ。」
「・・・ぉぅ。」
ぼそっとあからさまに寝起きでボケた声をドア越しから響かせる。
ごそごそと部屋で動き出す音が聞こえてきた。時期に兄貴もすぐ降りてくるだろう。
「ふぁー・・・。」
「先に顔を洗ってらっしゃい。」
「ぁー。」
俺は寝ぼけ顔を覚ますために先に顔を洗いに行く。
「今日はバイトないんでしょう?帰りに父さんのお墓参りに行ってきたら?」
「・・・ああ。母さんはもう行ったの?」
「私は昨日の午前中買い物ついでに寄ってきちゃったから。」
「ふーん。」
そうだったのか。
今日は・・・つまらなそうな講義ばかりだし、特に単位も気にする必要もなさそうだ。
適当に学校行った後、帰りに花でも買って寄って行く事にでもしよう。
「祐ちゃんはまだ寝てるのかしら。」
母が待ちあぐねたように言った。
「ああ、さっき起こしたから時期降りてくるよ。」
「あの子はいつまでたってもお寝坊さんが直らないわね。結婚したらきっと静香ちゃんに毎朝文句言われるのが目に浮かぶようだわ。」
くすくすと笑いながら楽しそうに母は言う。
俺は適当に飯を済ませた後、家を出た。
「今日は何か食べてくるの?」
昨日の事があったので母が玄関で急に聞いてくる。
「んー。もしかしたら和弘が仕事早く終わりそうだとか言ってたから、学校の帰り遊びに行くかも。」
「そう。父さんのお墓参り、忘れないようにね。」
「ああ、わかってるよ。」
そんな会話をしているうち二階から兄貴が降りてくる階段の音がした。
「じゃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
俺はそそくさと玄関を出た。
いい天気だ。
天気がいいとウキウキするのは俺だけじゃないだろう。
なんていうか、こういう天候の恵まれた日に室内で講義を受けている時間はひどくもったいない様な気がする。
そういえば和弘のやつ何時頃終わるって行ってたんだろ。
まぁ適当に待ってれば電話が来るか。
そんな事をぼんやり考えながら講義を馬の耳に念仏状態で聞いていた。
「修二!ちょっと聞いてるの?」
「あ、どしたの?」
後ろから一之瀬が話しかける。
「修二さ、今日暇?」
「いや・・・この講義の後和弘と遊び行く予定だったけど。なんで?」
「そうなんだ。いやぁ、私今日暇なんだよねー。友恵も亮子も彼氏とデートだとか言ってるしさ。」
「ふーん。じゃあお前も誰かとデートでもすれば?」
「あー!なにそれ、冷たいなぁ。せっかくおねーさんが哀れな子羊君をデートに誘ってるって言うのにさー!」
この女は冗談だか本気だかよくわからない事をよく言う。
毎度の俺への絡み方から考えると俺に気があるんだろう。それくらいはなんとなくわかっていた。
「・・・別に俺は哀れじゃないぞ。」
「うそうそ!それはじょーだんだけどさ、せっかくだし和弘君も混ぜて一緒に遊び行かない?」
混ぜてって・・混ざろうとしてるのはお前だ。
と言おうと思ったがめんどうなのでやめた。
「んー・・・。別にいいけど。和弘に聞いてみるよ。」
「うんうん。みんなで遊ぼ!でも三人じゃね・・・。ちーも呼んでみよっと。」
「ちー?」
「ちひろだよ。あの子面白いし、ちょうど2対2になるじゃん?」
「あー・・・。」
俺は別に合コンじゃないんだし、人数なんてどうでもいいだろと思ったが。
「さーて、どうしよっかぁ。」
一之瀬が俺の後についてくる。
「どのみち和弘と合流するまで暇だしな。とりあえず飯でも食いに行こうか?」
「そうしよっかぁ。」
「三沢さんはどうした?」
「ちーは午後の講義にもいくつか出ないとやばいんだって。後から来るって言ってた。」
「そっか。」
俺たちはそのまま近くのレストランで軽く食事をした後、連絡のあった和弘、午後の講義を終えた三沢さんと合流した。
「このメンバーそろうの、結構ひさしぶりじゃないー?」
「だね。俺が就職してからあんま時間合わないからなぁ。」
「あたし、渡辺君に合うのすっごいひさしぶりかもー!」
「和弘だけがリーマンになっちゃったよなぁ。」
俺たちは街中でそんな会話をしながら歩いていた。
「とりあえずまだ明るいしさ、カラオケ行ったあと飲み行こーよ!」
「そうだねぇー。」
「修二金あるのかよ?」
「まぁ、バイト代が多少残ってるしな。」
「社会人でかつ、ど偉いお父さんがいる和弘君におごってもらうのがいいとおもいまーす!」
一之瀬がめずらしくいい提案を出した。俺たちは悪ふざけでそれに乗る。
「そうだなぁ、それがいいな。」
「お、おいおい待ってくれよ。社会人はともかくなんでオヤジが出てくるんだよ。」
「「はははは!」」
街中はスーツ姿のサラリーマンであふれている。平日のこの時間帯じゃ営業周りの人間が多いのか・・・。
昼真っから遊んで歩いてる俺たちはまだガキなのかなぁ。
ああ、よく見れば和弘もスーツだな。
「あれ、渡辺君じゃない?」
ふと、テンションの高めな声が俺たちに向けられた。
「あ、御堂さん。こんちはー!」
和弘が挨拶をする。
「和弘、知り合い?」
「うん、会社の先輩。」
「渡辺君、今日はもう終わりなんだ?」
「はい。御堂さんは・・・?」
「私はこれから静香とちょっとおしゃべりにね。」
「そうなんすか。」
「うん、渡辺君も遊び過ぎないようにね。じゃねー。」
そういうとややテンションの高そうな女は俺たちと反対方向へ歩いて去って行った。
「へぇー、きれいな人だな。和弘、お前ちゃんと仕事してんのかよ。」
「してるっての!」
「「あはははは。」」
俺たちは悪ふざけをしながらそのまま遊び歩いた。
こんな馬鹿げた時間が当たり前なんだ。
こんな当たり前がいつかなくなってしまう日が来ると思うと正直寂しい気もするが、そんな事は現状では考えられない事だった・・・。
「うぇ・・・飲みすぎた。気持ちわりぃ・・・。」
「ばかだなー、和弘は弱いんだから無理すんなっての。」
俺たちはひとしきり騒いだ後、一之瀬と三沢さんと別れて二人で帰路に着いていた。
「そういえばさ、修二さー・・・。」
「どうした?」
「・・・いや、なんでもないわー・・・。」
・・・・?
「なんだよ気になるだろ。」
「・・・いや、なんでもない。すまん。」
こいつは結構口が軽い方だ。何か言いたい事があったんだろうが・・・。
それ以上和弘は何も言わなかった。
「じゃあまたな。」
「・・・おう。また休みの日にでも連絡するわー。」
「あいよ、さっさと寝て明日の仕事がんばれよー。」
「・・・おう。おやすみー・・・。」
なんか和弘のやつ、最後おかしかったな。
何か気になる事でもあったのか。
まぁ明日になりゃ忘れてるだろうな。
うわー・・すっかり真っ暗だよ。さっさと帰って寝ないと明日の講義間に合わないぞ。
俺は少し小走りで家に向かった。