第五十七話 長谷川宅
これでだいたいの事件の全容はわかった。
だが・・・・・・どうやら彼の決意は変わらないようだ。
僕の正体を明かしてまで説得に力を入れてみたがまるきり効果はない。
あの場で長居して誰かに見られるのを嫌った服部 祐二は、とりあえず場所を変えて話すという結論になった。
だが、例の屋上はすでに数人に居場所が知られている。という事で仕方なく僕の家に服部 祐二を招待する。
「祐二君、何か飲むかい?」
「しゅうちゃん・・・昔の呼び方でいいよ。」
「そうか。でも慣れなくてね。これでいいさ。」
「俺はしゅうちゃんって呼ぶよ。」
「ははは、好きにするといい。で、何を召されるかな?」
「コーヒ−でももらおうかな。最近寝不足で眠気がひどくてね。」
「わかったよ。」
僕はインスタントコーヒー作るといって台所に立つ。
家に連れてきたのはいいものの、どうしたものか。
これ以上の説得に効果があるとは思えない。
だがせっかく彼が事を起こす前にこうしてワンテンポ置けたんだ。ここでなんとかするしかあるまい。
僕は出来立てのコーヒーを片手に彼に近づく。
「決意は変わらないかい?」
「・・・ああ。ここで決意を変えてしまっては俺の今までの行動はなんだったんだという話になる。」
「ふむ。そんなにそいつが憎いんだね。」
「どうなんだろうな、正直な話、もう惰性で動いてる気もする。」
「・・・・・・彼女の事を本当に大切に思うなら、今からでも遅くない。やめるんだ。」
僕がそういうと彼は黙ってコーヒーをすする。
僕に言われるまでもなく彼もそんな事は重々承知なんだろう。
しかし一回染まってしまった心を元の色に戻すのは・・・難しい。
僕も自分で入れたコーヒーをすする。
「しゅうちゃんは・・・あの事を黙ったまま生きるつもりなのか?」
「さてね。どうなんだろうねぇ。僕もわからないよ。」
「相変わらずなんていうか・・・淡々としてるな。」
「祐二君程でもないけどね。」
「はは。俺なんて・・・いつも怖くてしょうがないよ。夢から覚めないままさ。」
「・・・・・・夢?」
「ああ。服部家に入ってからずっと夢に見続けてきたんだ。俺がアレを殺す時の夢。最初はただの夢だと思ってたし、目覚めると大概忘れるんだけど・・・・・・年が経つにつれてだんだんとその悪夢をはっきり記憶するようになってた。で、思ったよ。この悪夢から覚めるにはこうする他ないんだってね。」
「・・・・・・。」
馬鹿な事を・・・。
服部 祐二はわかってない。
その悪夢はたしかにもう拭い去れないかもしれない。
だがこれでまた罪を犯せばどうなると思ってるんだろう?
その悪夢から覚めると思ってるんだろう。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逆だ。逆なんだよ、祐二君。
そんな事をしても悪夢なんて覚めない。
いや、さらに深い十字架と悪夢にさい悩まされるだけだと言うのに・・・。
やはり言葉では何を言っても無駄・・・か。
まぁわかっていた事だ。
「相変わらず・・・というかなんというか頑固だね、君は。」
「頑固なのはお互い様だろう。」
「そうかもね。・・・わかったよ。僕はもう何も言わない。」
「・・・・・・すまない。」
「だから今日はここでゆっくり休むといい。何も今日の今すぐ行動しなくてもいいだろう。今日はここで、もう一度ゆっくり考えをまとめてみるのもいいんじゃないか?」
「いや、そういうわけにもいかない。修二も静香も俺を探し回ってるだろうしな。」
「ここなら見つからないと思うが?」
「ああ、そうじゃなくてさ、あいつらにいつまでも俺を探し回らせてるのが悪くてね。なるべく早くケリをつけたいんだよ。」
「ふむ。」
そう言うと思った。
仕方ない男だ。
「さて、と。」
「行くのかい?」
「ああ・・・色々悪かったな。」
「何、気にしないで。」
「じゃあ・・・俺・・・・・・は・・・これ・・・で?」
「ゆっくり休みなよ。」
「しゅう・・・・・・ちゃ・・・・・・何を・・・?」
そう言うと彼はその場に倒れこんだ。
わかってたんだよ、祐二君の決意がどうあっても揺るがない事は。
だったらどうしてそれを止めるか。
・・・少々強引な手段に訴えるしかないだろう。
しばらくそこで頭を冷やすといい。僕は彼らを呼ぶ。
これで彼の決意が変えられるかどうかはわからないが。