第五十四話 昔年の縁
なんたる奇遇だ。
だがこの幸運、手放せない。
彼は間違いなくあれを決行しようとしているからこそ、あの場所から離れ今ここにこうしているに違いないのだから。
僕は狙ってこの河川敷を通っていたわけではない。
服部 祐二の居場所に向かおうとした際、たまたまこの道は僕にとって近道だっただけだ。
だが・・・それは幸運だった。
そして、やはり昨日の接触が引き金になってしまったようだ。
「またあんたか・・・どいてくれ。」
「どけないね。服部 祐二、君が今からしようとしてる事は・・・復讐でもなんでもない。ただの人殺しだぞ?」
「・・・なんなんだあんた。昨日といい今日といい、いきなり現れて知ったような事を・・・。」
「僕の事はどうでもいい。君のしようとしてる事を止めたいだけだ。」
「なんでそこまで俺に世話を焼こうとする?俺とあんたはなにも関係ないはずだろう?」
「そいつがねぇ・・・そうでもないんだよ。」
「何?」
「君の昔の写真が僕の家のアルバムから出てきた。」
「・・・はぁ?なんであんたが?」
「・・・・・そもそもなぜ井沢は君の過去を知っていたと思う?」
「ややこしいな・・・俺は忙しいんだ、後にしてくれ。」
「そうはいかないな。井沢の過去は僕にも関係している事なんでね。」
「な、なんだと?」
「君の・・・・・・お母さんの事についてはとても残念な事件だった。だがあれは事故だ。今更蒸し返しても仕様がないだろう?」
「ああ、たしかにあれは事故だったんだろう。だけどな、俺は許せないんだよ!いくら逃亡中の犯人を見つけて焦っていたからといっても許せるものじゃない!!」
「だからって今、その事でそいつを殺してどうなる!?悲しむのは・・・・・・橘さんだぞ!」
「・・・・・・確かに静香には悪いことをしたと思ってる。でももう無理なんだ。このまま結婚なんて出来ない。」
「決心は揺るがないようだな。」
「そうだ。あんたも・・・悪気があって俺に接触しているわけじゃなさそうだが、もう俺の事は放っておいてくれないか?」
「それは出来ないな。」
「しつこいやつだな!」
「生憎、自分の思った通り事が運ばないと嫌な性格なものでね。君の決心が変わるまでここは通せないな。」
「・・・。」
服部 祐二はすごい形相で僕を睨みつけ胸元をまさぐり何かを取り出す。
「邪魔するならここで先に死んでもらう。」
そう言うと彼は銃口を僕に向ける。
「そいつは困ったな。僕もまだ死にたくはない。」
「ならそこをどくんだ。俺だってむやみに人殺しをしたいわけじゃない。」
「・・・・・・どうしても決心は変わらないようだね。」
「そうだ。」
「わかったよ。もう君には関わらない。」
僕はそう言い、背を向けて引き返そうとする。
その瞬間、彼は油断したように銃口を下げ気を許した。
その隙を見逃さない。
「・・・!!」
「安堵するのは早すぎたようだね。」
僕は片手で彼の腕を掴み、もう一方の手で銃口を押し下げる形にした。
彼も必死に抵抗するがここで彼の腕を離せば本当に僕を撃ちかねない。
「離せ!」
「それは無理だ。離せば僕を撃つだろうしね。」
「あんたを殺す気はない。離して俺を放ってくれれば何もしない!」
「ふぅ・・・強情なやつだな。」
「あんたもだ!」
僕は抑えてた片手を瞬間的に離し、彼の銃を持っていた方の手首を強めに打ちつける。
反動で彼の手元から銃が落ちた。
僕はそれを蹴り飛ばし、同時に彼を突き放す。
そしてすばやく銃を奪う。
僕は一寸離れた彼に銃口を向けなおす。
「・・・くそ!」
「僕程度にそんなんじゃ人殺しなんてとてもできないぞ。」
「それを返せ。」
「そうはいかない。というか立場的に逆転してると思うが?」
「俺を撃つ気か?あんただって人殺しになるぞ?」
「ははは、そうだね。でも今の君の状況を止める為には腕や足くらい撃っても仕方ないと思ってるよ。」
僕がそう言うと彼は僕をキッと睨みつけ硬直する。
「どうして・・・・・・どうしてみんな邪魔するんだ!」
「君の為を想ってるからだろう。」
「俺を想うなら邪魔しないでくれ!迷惑このうえない!」
「いつまでそんなくだらない過去に縛られ続けるつもりだ?」
「くだらないだと?ふざけるな。俺にとっては切実なんだよ!」
「ばかばかしい。君は・・・・・・同じ事をしようとしてるんだぞ?わかってるのか?」
「同じ事・・・。」
「そうだ。君は母を失った。そしてその悲しみを殺した相手の家族にも・・・与えるつもりかと言ってるんだ。」
「・・・・・・。」
「もう忘れよう。今を大切にしろ。」
僕らはしばらく硬直したまま問答を繰り返した。
「あんた長谷川さんとか言ったな。」
「そうだよ。」
「井沢とどういう関係なんだ?なんで井沢は俺の過去の事を知ってた?」
「・・・・・・井沢は、井沢 忠彦は僕の父だ。」
「な、なんだって・・・・・・?」
「言葉の通りだ。井沢は親。そして・・・井沢家の親戚にあたる家族、それが小沢家だ。」
「井沢があんたの父親だと?」
「僕もあいつが死んだ後につい最近知ったんだけどね。僕の姓、長谷川ってのは僕を引き取った義理父の苗字だ。・・・・・・僕がまだ物心がつく前くらいかな。井沢の暴力に耐えかねて僕は孤児院に入れられてた。その後すぐに長谷川家に引き取られたんだ。・・・・・・どういうわけだかそんな事、ずっと忘れていたんだけどね。」
「どうして・・・思い出した?」
「君の・・・祐二の名前を聞いて思い出したんだ。」
「俺の名前・・・?」
「昔、僕の仲の良かった親戚に小沢って苗字がいたのをおぼろげだが思い出した。しかし長谷川家の知り合いに小沢なんて苗字はいなかった。ちょっと気になって義理父に昔のアルバムを借りたんだよ。そうしたら・・・昔の親戚組の集合写真のようなものが出てきてね。僕が孤児院に入れられる前に自分で持ってたらしい。その時のアルバムに”おざわ ゆうじ”と書いてあったんだよ。それで義理父にも色々問い詰めて、僕の旧姓が井沢だと知ったって事だ。」
”秀一。小沢というのはお前の旧姓、井沢家の親戚だったんだろう。”
「・・・てね。」
「あんたまさか・・・・・・。」
「そう、井沢 秀一。・・・昔は”しゅうちゃん”なんて呼ばれてた気もするなぁ。」
「しゅうちゃん・・・なのか?」
「そうだよ、ゆうちゃん。」
「なんで・・・なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ!」
「僕も知ったのはつい最近だ。それにその事自体はあまり重要ではないと思ってね。」
「・・・しゅうちゃんは昔もそうだったな。興味のない事はとことん軽視してた。」
「それでな、ゆうちゃんは叔父さん達の家に預けられただろ?その時にあった・・・事件の事を井沢 忠彦は親類達の情報から知ってたってわけ。」
「じゃあ静香の事も・・・わかってるんだろう?」
「まぁ・・・ね。」
僕は昔の話をして、気がついたらいつの間にか銃を下げていた。