第四十三話 狂気
長谷川さん!?!?
確かにこの場所に集まる可能性があるのは、俺、橘さん、御堂 幸恵、長谷川さんだけだったが・・・。
なぜこんな遅れて?
どうしてこんな現れ方を・・・。
「・・・君と直接話すのは初めてだね。僕は長谷川 秀一。彼女達の会社の同僚だ。」
「長谷川さん・・・。」
「・・・それで・・・あんたは俺になんの用なんだ?」
「服部 祐二・・・君はもしかして・・・あの時、失踪した子供・・・なのか?」
「!!」
祐兄は驚きを隠せなかったようだ。
一体・・・なんの話なんだ?
「あの時?失踪って・・・長谷川さん、なんの話なんですか?」
「やはりか。服部 祐二・・・いや、小沢 祐二が正しいかな。そうだろう?」
「お前は・・・誰だ・・・!」
小沢・・・祐二・・・?
なんの事だ・・・・・?
「僕の事はどうでもいい。それより君の過ちはもう戻すことができない。かといってこれ以上君が罪をかさねる必要はないはずだ。君は・・・あの復讐を成し遂げようとしているのだろう?」
「・・・御堂さん・・君があの男にしゃべったのか?」
「ち、違うわ!」
「御堂さんは関係ないよ。僕が個人的に調べ上げた事だ。」
「・・・。」
祐兄は黙って何かを取り出す仕草をし始めた。
そして兄貴が持ってきたそれは・・・!
「ゆ、祐二・・・!?」
「祐二さん!」
「・・・服部 祐二・・・君、そんなものをどこで・・・。」
「・・・俺はな、これでやらないとダメなんだよ。同じやり方じゃないと気がすまないんだ。」
祐兄が持っているそれは・・・。
漆黒に光る小さな凶器。
拳銃だった・・・。
俺は絶句した。
兄貴は何をしようと・・・あんなもので何を!?
「俺の母親はこれで・・・殺された。」
「え・・・?祐二のお母さんは生きてるんじゃ・・・。」
「違うんだよ。なにもかもが幻想だったんだよ!」
どういう事だ?
俺の母さんは生きてる。
俺の兄貴である服部 祐二の母は・・・俺の母じゃないのか・・・!?
「もう引けないんだ!全員ここから帰れ!!」
「そうはいかない。もう君の過去を掘り返す様な真似をする人物はいないはずだ。もうこんな事はやめよう。僕達も余計な事は他人に話さない。だからもう元の生活に戻るんだ。橘さんの為にも。」
「うるさい!」
祐兄は今まで見せたことのない形相で睨んだ。
そしてその漆黒の凶器でその場の全員を脅す。
「この場にいるやつ全員選べ。」
「・・・え?」
「今すぐここから立ち去るか、俺にこれで殺されたいか選ぶんだ。」
祐兄・・・何言ってるんだ・・・。
あんな事言うやつじゃなかった・・・あんなの祐兄なんかじゃない!
「服部 祐二!いいかげんにしろ!もう終わった事だろう!」
「黙れ。いきなり現れてどこまで調べたのか知らんが、知った風な口を聞くな。」
「祐二・・・本気なの?」
「本気だ、静香。君を殺したくはない。お願いだから今すぐここから帰ってくれないか。」
「祐二さん・・・。」
「御堂さん、君もだ。余計な事をしてくれた・・・。」
その瞬間。
テレビドラマで聞くようなずば抜けた音などしなかった。
甲高いパンッと袋の弾けたような音が一回だけ鳴る。
一瞬なんの事なのかわからなかったが・・・それは・・・。
「・・・俺は本気だ。」
祐兄は・・・威嚇のつもりで空に向けて一発だけ、漆黒の凶器の威力を轟き響かせた。
「・・・!」
全員絶句した。
あんなものを目の前でチラつかせられて、かつ発射されては誰もが十分威嚇される。
俺はこんなところで何をしている?
兄貴が・・・祐兄が今、自分の大切な人や友人に凶器を向けている。
実の弟であるはずの俺がこんなところで指をくわえて何を待っている!?
恐れてるのか・・・?
それとも存在を知られたくないのか・・・?
俺は・・・俺は!
「御堂さん、橘さん。今日のところは帰ろう。これ以上彼を刺激しても余計事態を悪化させるだけだよ。」
「長谷川さん・・・でも!」
「静香!ここは長谷川さんの言う通り引き上げよう・・・ね?」
「・・・今日だけじゃない。もう二度と俺と接触しようとするな。」
長谷川さんは事態の悪化を恐れ引き上げるよう彼女らに言った。
たしかに今の祐兄は普通じゃない・・・本当にあの凶器をその場の誰かに向けたら・・・。
「・・・わかった。今日は帰るわ。」
「静香・・・。」
「ふぅ。」
長谷川さんは軽く安堵のため息をつく。
「でも・・・でも祐二!ちゃんと後で説明してくれるよね?ちゃんと私の所に帰ってきてくれるよね!?」
「・・・早く帰れ。」
祐兄は視線を下に逸らして橘さんの質問に答えはしなかった。
祐兄は・・・どうしてしまったんだろう。
「・・・服部 祐二。本当に元に戻るつもりはないのか?」
「お前もしつこいな。これは俺の問題だ、お前には関係ない。静香に御堂さんもだ・・・もうお願いだから俺に関わらないでくれ。」
「祐二さん・・・。」
「祐二・・・。」
「・・・今日のところは帰るよ。だけどまだ諦めるわけじゃない。君の愚行をこのまま放っておくわけにはいかないからね。」
彼らはそう言うと、祐兄を残して屋上のドアに向かって引き上げようとする。
その際にようやく見えた橘さんの顔はいつの間にか大粒の涙を流していた・・・。
三人はゆっくりとこの場から帰り始める。
俺はすかさず階段の影に隠れそれをやり過ごした。
階段を下りてゆく三人の靴音は次第に小さくなり聞こえなくなった。
俺はそれを確認した後、ゆっくりと祐兄の元へ歩みだした。
俺だって・・・聞きたい事はたくさんあるんだ。
実の弟であるはずの俺になら・・・何か話してくれるかもしれない!
俺は祐兄の住処の前に立つ・・・。