第三十八話 忘却の彼方に潜んだ悲恋
「そういえばまだお前には話してなかったな。」
「いきなりなんです?オヤジさん。」
線香の香りが漂う中、私は目を瞑りつつ合掌したまま言う。
「今でもな・・・私は見るんだよ。夢を。」
「・・・夢・・・ですか?」
「特にな、9/5がひどいんだよ。」
「・・・まだあの日の事が尾を引いてるんですかぃ。」
和夫も私と同じ仕草のまま答える。
「お前もまだ覚えていたんだな。」
「・・・当たり前ですよ。忘れるわけないじゃないですか。」
「そうだったか。・・・私はな、正直今でも怖いんだよ。」
「・・・私にとっちゃオヤジさんより怖い物なんてないですがね。」
「ばかな事を・・・。」
私はおもむろに語り始めた。
「・・・もう十余年もたったか。」
「そうですねぇ・・・ありゃー今思い出しても後味の悪い事件でした。」
「実はあの時の子供が・・・静香なんだよ。」
「・・・やはりそうだったんですか。オヤジさん、お子さんがいらっしゃらなかったからおかしいとは思いましたけどねぇ。」
「まぁ、アレはあの頃の事など忘れているだろうな。だが辛かった事だけは覚えているようなんだ。今でもたまにうなされてる事がある。」
「じゃあ・・・静香さんは今でもあなたの本当の孫だと?」
「そう・・・思ってるだろうな。」
「・・・そうなんですか。それにしてもなんで急にこんな話を?」
「今回の事件のきっかけ、それがあの事件のせいじゃないかと私は思ってる。」
「まさか・・・どういう事です?」
「・・・あれからしばらくしてから、静香が全て話してくれたんだよ。それで・・・私は勘付いた。静香にはわからない事だったようだが・・・全ては祐二君と静香が再びあいまみえてしまった事がきっかけだったのだろうな。」
「まさか・・・祐二さんってのは・・・!」
「・・・お前も結構記憶力がいいな。」
「だてに刑事じゃないですよ。」
「まぁ、そういう事だ。」
「・・・なんて事ですか。じゃあこれは全て計画的だったと・・・?」
「いや、違うだろう。さっきも言ったがきっかけだったんだよ。二人が出会った事が。出会った事で全て回帰してしまったんだと私は思う。」
「悲しすぎますねぇ。たとえ祐二さんは亡くなられなくとも、お二人は決して結ばれる事はできない運命だったと。」
和夫はそう言うと照れくさそうに笑いだした。
「だはは、俺が運命とかって・・・臭すぎますね。こういうのはオヤジさんのセリフでした。」
「ははは。・・・だがお前の言う通りだよ。この十余年、まるきり彼の存在など忘れてしまっていた。その罪に対して今回の罰ではないか、私はそんな気がしてならないよ。」
「・・・オヤジさんは精一杯やった。オヤジさんは悪くないです。それは俺が保障しますよ。」
「・・・ありがとう。だがな、私は罪を償わなければならないんだよ。」
「オヤジさん!!」
「大丈夫だ。何も死のうってんじゃないさ。・・・静香に全て話す事。それが私の今できる最高の罪滅ぼしだと思ってる。」
「なるほど。オヤジさん、全てを話したら静香さんは・・・どういう反応するでしょうか。」
「さぁな・・・案外ほとんど勘付いてるのかもしれないがな。」
「・・・かもしれませねぇ。静香さんはほんと、オヤジさんの実孫なんじゃないかと思うくらい洞察力にしろなんにしろよく出来た女性です。」
私達は一礼して、墓を去る。
「じゃあ俺はこの辺で署に返ります。オヤジさんも送りましょうか?」
「いや・・・ちょっと風に当たりながら返るよ。」
「そうですか・・・では気をつけて。今度会う時は、楽しく飲みましょう。」
「そうだな、そうしよう。」
私はそう言うと和夫を見送り、ゆっくりと歩道を歩きだした。
静香はもう家だろうか。
全てを語るのは私の罪滅ぼしだ。
今まで黙ってきた事、それが私の罪だ。
私は色づき始めた紅葉の葉が舞う並木道を歩きながら、今までの事を思い返す・・・。