第三十三話 危険な賭け
少し遅れてしまったがどうやら長谷川さんは待っていてくれたようだ。
俺は早足でレストランに入り長谷川さんの席を探した。
「やぁ、こっちこっち。」
「長谷川さん、お待たせしました。ちょっと遅れちゃってすみません。」
「いやいや、気にしないで。それより何か頼むかい?」
「いえ・・・水だけでいいです。」
「そう?僕は・・・少し小腹が空いたから何か頼ませてもらうよ。」
「はい。」
長谷川さんはミックスピザにコーヒーを頼むと、すぐに例の話題に入った。
「さて、君に相談したい事があると言ったね。」
「ええ、実は俺も長谷川さんに話たい事が少しありました。」
「お、いいね。どうやら話しが進展しそうだな。」
「・・・進展すればいいんですが。」
「とりあえず呼び出しておいてなんだけど、君の話しから聞かせてもらえるかな。」
「はい。」
俺は一呼吸置いて本題に入る。
「今日、学校の帰りにまたあの御堂さんって女性に会いました。」
「ほう。」
長谷川さんはピクっと反応した。
「で、俺と長谷川さんの関係とか聞かれたんで仕方なく適当なウソついたんですよ。そうしたら見抜かれちゃって・・・それで」
俺は続きを話そうとしたが話しの途中で長谷川さんが口を挟む。
「渡辺君の事で知り合ったのがバレたんだね。」
「え、ええ そうです。それに御堂さんって人、俺の兄貴の事知っていたようでした。」
「君のお兄さんの事?」
「ええ、俺の兄貴、恋人がいたんですよ。その恋人がどうやら御堂さんの会社仲間だったようで・・・。」
「まさか・・・橘さんか?」
「え、は、長谷川さんも知ってるんですか!?橘さんの事。」
「ああ・・・会社仲間だしね。」
そう言われればそうだ・・・橘さんも同じ会社だったんだな・・・。
「御堂さんと仲がいい友達って言ったら橘さんくらいなもんだ。まぁ・・・他に思い当たる人がいないわけじゃないがあの二人は会社以前の従来の仲のようだったしね。橘さんにフィアンセがいるという話しもチラホラ聞いてはいた。」
そうだったのか・・・。
「しかし・・・これまたびっくりだな。だが・・・。」
長谷川さんは驚きと何かを確信したかのような表情を出し始めた。
そのニヤリとした顔は仲間であるはずの俺も一瞬寒気がした。
「まさか修二君、君のお兄さんが橘さんのフィアンセだったとはね。それはわからなかったな。」
「まぁ・・・話す機会も話す理由もなかったですしね。」
「それはそうだね。」
「で、ここまではまぁ繋がりがあったんだなぁくらいにしか思わなかったんですが・・・。」
「・・・まだ何か?」
「最後、去り際に御堂って人、こんな事言ったんですよ。」
”あまり深く関わらない方がいいわ。君もお兄さんがいなくなって大変だろうけど、お兄さんの事はしばらく忘れた方がいいわ。あなたの為にもなるし、静香の為にもなる。”
「どう思いますか?」
「・・・なるほどね。妙だな。」
「ですよね?」
「まず君のお兄さんの失踪を知ってる事。これはまぁ仲のいい橘さんから聞いたのかもしれない。が・・・他の警告じみた言葉の意味はなんだ?」
「ええ・・・俺あの人が怪しいと思って・・・。」
長谷川さんは少し黙って考え事をするような態度の後ゆっくり言い始めた。
「・・・わかった。貴重な情報だ。ありがとう。では今度は僕の思いつきについて聞いてほしい。」
「はい。」
「昨日の帰り、一人で考えながら歩いてた時、ふと思いついたんだ。以前に君と会った時僕は渡辺君にメールで呼び出されたと言ったよね。」
「そうですね。」
「それってどういう事だと思う?」
「うーんと・・・和弘はすでにその時点では他界してたわけですよね・・・。」
「そうだね、つまり?」
「・・・和弘以外の人間が長谷川さんにメールした・・・?」
「そう。一番可能性が高いのは渡辺君を殺した後、彼の携帯を奪った人間・・・つまり犯人だ。」
「・・・そうですね。」
「ということはだ。今も犯人は渡辺君の携帯電話を持ってる可能性が高い。これを利用する。」
「利用・・・どうするんですか?」
「挑発メールを送るのさ。」
「挑発?」
「そう。なんの為だかわからないけど、犯人は渡辺君の携帯を使って僕にメールをよこした。もしかしたら僕をおびき寄せて何かしようとしたのかもしれないけど・・・。」
「・・・そう考えると長谷川さんも命を狙われてる・・・?」
「かもしれない。まぁこの際そんな事はどうでもいい。」
あまりどうでもいい事でもないと思うが・・・。
「さっきの情報を踏まえて、内容はこうだ。」
”お前の正体は突き止めた。お前が起こした犯行の証拠も握ってる。例のロープだ。これらを警察にばらされたくなければ、今夜の夜中3時、現金100万を準備して△△ビルの屋上に来い。こなかった場合全てを警察にばらす。”
「・・・挑発というか・・・脅迫ですね。それになぜ現金100万なんですか?」
「脅迫じみていた方が相手も焦ると思うからね。それに現金を正確に提示してやる事で相手はきっとこう思うだろう。こいつは俺を脅して金を搾り取るのが目的なんだ、ってね。」
「・・・なるほど。」
「ちなみに100万って単位は一番用意しやすくて現実的に可能な数字だと思ってね。そしてロープって単語をチラつかせてやることで本当に僕がなんらかの証拠を握ってるのだと思わせる。」
「・・・これで・・・相手が本当に100万円を用意してその場所に来るんでしょうか?」
「いや、まず100万は持ってこないだろう。」
「え?」
「でも犯人がこの渡辺君の携帯をまだ持っているならば、必ず来るはずだ。」
「お金を持たずに来るって言うんですか?」
「そう。だって普通に考えてみなよ。すでに殺人を犯してる人間だ。しかも僕のこのメールを見て相手はこう思うだろう。”殺人の現場、もしくは証拠を取られた。ならば・・・こいつも殺すしかない”と。ほうっておけば僕にどんどんお金をせびられていくのは目に見えているはずだからね。」
俺はしばし感心していたがふと疑問に思った。
「・・・でも長谷川さん。」
「ん?」
「長谷川さんにメールを送ってきたやつは和弘が死んだのをわかったあとでメールを出しているんですよね?」
「そうだろうね。」
「だったらこんなメール見ても、相手は”これは俺を釣る餌だ”という風に思わないですかね?相手は長谷川さんの事を知っているからこそ長谷川さんにメールを出してるわけですし。」
「まぁ、それはないな。」
「え・・・なぜです?」
「まぁ・・・その辺はその時にわかるよ。僕の勘だけど、やつは絶対来るはずだ。」
長谷川さんの謎の自信はそうとうな物だった。
俺は若干身震いがした。
「それで・・・もし犯人がそこに来たとして、長谷川さんの言うとおりだとしたら長谷川さん危険じゃないですか?」
「だから君がいる。」
「え、ええ!?俺ですか!?」
「そう、その為の相談だったんだよ。」
「・・・俺、どうすれば?」
「まず僕はその待ち合わせ場所に行く。君は僕より多少離れた位置で待機しているんだ。で、相手がもしいきなり襲ってきたりした場合、君はすぐ警察に連絡をし僕を助けてほしい。いくら相手が殺人犯人でも、こちらは二人いればなんとか対応できるはずだと僕は踏んでいる。君は奇襲係ということだ。」
「・・・危なくないですか?最初から警察に言った方が安全で確実なんじゃ・・・。」
「いや、多分争いにはならないと思う。僕が・・・話し合いでなんとかするつもりだ。」
「大丈夫でしょうか・・・。」
「多分ね・・・まぁ確証はないけどね。僕の勘が正しければ多分・・・。」
そう言うと長谷川さんは少し考え込んでしまった。
何か・・・長谷川さんの考えは俺に理解しきれない部分があるが・・・。
他に手も思いつかないしここはひとつ賭けに出てみる事にした。
「事は早めに実行しよう。今晩メールを出す。今日は修二君もうちに寄って行くといい。」
「そうですね・・・わかりました!」
俺は不思議な高揚感に身を包まれながら長谷川さんの作戦に乗ってみる事にした。