第三十二話 鍵
「じゃあ・・・行ってくるね!」
私はなるべく覇気のある声で言った。
今の心情を悟られたくなかったからだ。
おじいちゃんには特に何も言っていない。
ただでさえ彼の事についての話しは嫌がるのにここで彼が急に失踪した事など話しても、さらに悪印象しか与えないと思ったからだ。
先日会社にはしばらく休むと連絡してある。そっちは問題ないだろう。
・・・とてもじゃないが仕事などしていられる心情ではなかった。
しかし・・・祐二の行方のあてなど何も、どこにもない。
私は昨日拾ったキーホルダーをじっと見つめ立ち尽くしていた。
これを持っていた人は一体誰だったんだろう。
どうして祐二の家の周辺でうろうろしていたんだろう。
わからない事だらけだった。
どうして祐二は失踪したんだろう。失踪しなければ行けない状況に陥ったから・・・?
それとも祐二はもう・・・。
一人で考えているとどんどん悪い方向へ考え込んでしまう。
祐二のお母さんにまた話しを聞いてみよう。
さほど期待はできなかったがひとまず祐二の家に向かう事にする。
「・・・やっぱりそうですか。」
「本当・・・どうしちゃったのかしら。」
案の定の答えしか返ってこなかった。
祐二のお母さんの顔色をやつれた感じがする。
・・・私の顔もそう見えているのだろうか。
「携帯電話もつながらないし、警察から特に連絡も来ていないし・・・。」
「そう・・・ですか。」
淡い期待だったがあまりの予想通りの結果にイラつきを覚え、私は下唇を噛んだ。
「・・・静香ちゃん、ちゃんとご飯食べてるの?お仕事は・・・大丈夫なの?」
「・・・はい。仕事の方も問題ありません・・・。」
「そう・・・。でも祐二の事で自分をめちゃくちゃにしちゃだめよ。静香ちゃんは静香ちゃんでしっかりしないと!」
そういう祐二のお母さんこそだいぶ参ってる様子だった。
「・・・はい。ありがとうございます。じゃあ私は・・・。」
「ええ・・・無理しちゃだめよ。」
「はい・・・。」
そして祐二の家を後にした。
結局夕方過ぎまでなんの手がかりも得られなかった私は、何度か行ってみたが特にこれといった情報を得られなかった彼がよく通っていたスポーツクラブの前にいた。
たまに時間が合うとよく彼はここで汗を流していて、私はそれを窓から覗き手をふっていたのを思い出す。
特にこの時間帯によく祐二はいた。
ちょうど仕事上がりの時間帯だったからだ。
当然の事ながら祐二の姿などない。
その時不意に後ろから声を掛けられる。
「・・・静香。」
・・・幸恵だった。
「幸恵・・・どうしてこんな所に?」
幸恵は私の質問に質問で返してきた。
「静香、まだ探しているのね。」
「・・・うん。でも・・・。」
「・・・そう。」
言葉少なの会話だったがお互い言いたい事は伝わりあったようだ。
当然だ。今の状況で私が何をしているかなど幸恵は十分知っているはずなのだから。
「・・・静香、彼の事はしばらく忘れた方がいいんじゃない?あなたが参っちゃうわ。」
「・・・。」
私は黙ってうつむく。
「私が・・・新しいカッコイイ男紹介してあげるからさ。」
「そんなんじゃない!!」
私は思わず怒鳴った。
「・・・ごめん。」
「・・・私も・・・急に怒鳴ってごめん。」
私達は黙りこんでしまう。
だがすぐに口火を切ったのは幸恵だった。
「私、そろそろ帰るわ。」
「あ・・・うん。ごめん・・・。」
「いいのよ。仕方ない事だし・・・静香、あまり無理をしないようにね。」
「うん・・・ありがとう。」
「このスポーツクラブ、いい店ね。」
「え・・・?」
そう言うと幸恵は足早にここを立ち去って行った。
幸恵の最後の発言を不思議に思い少しの間、私は呆けていた。
「あなた、さっきの女性のお知り合い?」
「え、ええそうですけど・・・。」
不意に後ろより声を掛けられる。
「私、ここのインストラクターをしているものなんだけど。」
どうやらこのスポーツクラブのインストラクターの女性のようだ。
「彼女、さっきここに来た時にこれを落としていったみたいなの。後で渡しておいてくれるかしら。」
そう言うとインストラクターの女性は私にそれを手渡す。
「これは・・・。」
「何かの鍵かしらね。彼女の自宅の鍵ならきっと彼女困ると思うわ。届けてもらえるかしら?」
「・・・はい。」
「ありがとう。」
「あ、それと幸恵は何しに来てたんですか?」
「幸恵?・・・ああ、その鍵の人ね。なんの用事だったのかしらねぇ。」
「え?」
「彼女、特に何もしないでしばらくぼーっと中で見学してただけなのよ。で、何も言わずに不意に外に出て行ったのよね。加入希望だったのかしら・・・。」
「そうなんですか・・・。」
「じゃあその鍵よろしくね。」
「はい。」
インストラクターの女性はお店の中へと戻っていった。
幸恵は何をしてたんだろう・・・?
しかしそれより重大な事がある。
インストラクターの女性より手渡された鍵はどこかで見覚えのある鍵だと思ったがすぐに気がついた。
これは・・・・祐二の鍵だ!!
そして昨日拾ったキーホルダーは確かにこの鍵に付けていた物だった。
見ればすぐにわかった。
キーホルダーの外れた部分が鍵に残っている。
じゃあ昨日の人影は・・・幸恵?
どういう事なの・・・。
幸恵は祐二の居場所を知っている・・・?
私はすぐに幸恵に電話を試みる。
・・・がつながらない。
どうやら電波の届かない場所にいるようだ。
私はすぐさま走って幸恵を追いかけた。
・・・しかし幸恵の姿はすでにどこにもなく、彼女の家にも行ってみたがどうやら留守のようだった。
幸恵は・・・何か知ってる!
コオロギ達の鳴き声がまるで私への応援歌のように聞こえた。
やっと見つけた手がかりは私のすぐ傍に・・・。