第三十一話 無力
「今日、修二君と静香に会ったわ。」
深淵の夜に私の声はこだまする。
「・・・そう。俺の弟の事知ってたのか。」
こだました私の声に、低い男の声がレスポンスする。
「ううん、たまたま知り合っただけ。軽く忠告はしておいたわ。」
「・・・余計な事を。」
「あら、あなただって困るんじゃないの?彼、だいぶあなたを必死に探しているわ。」
「・・・静香にも・・・何か言ったのか?」
「いいえ。私は”なにも言ってない”わ。」
「・・・そうか。」
彼はカチャカチャと何かをいじっている。
「・・・いつ・・・するの?」
「君にはあまり関係ないだろう。それにこいつでやらないと意味がないんだ。」
彼はそれを一生懸命いじっている。
「機があればいつでもやる気さ。」
本当は怖いのね。
そう言いたかったがここは黙った。
「やめられないの?」
「無理だ。」
・・・・夜は更けていく。
「もう静香や修二君には連絡は取らないつもり?」
「・・・そのつもりだ。」
「もし・・・彼らが何か手がかりを見つけた場合あなたはどうするのかしら。」
「・・・さぁな。」
「実の弟や静香とも対立してまで成し遂げなければならない事なの?」
「・・・うるさいな。」
彼はイラッとした感じを口調に表し始めた。
これ以上の問答は、現在過敏になってる彼の繊細な心に直接傷をつけてしまいそうだ。
私は黙って彼を見つめる。
「・・・君は夢を見ないのか。」
「夢?」
彼は唐突に言う。
「誰でも夢は見るだろう。ただ俺の見る夢は普通じゃないんだ。いつまでもいつまでも忘れさせてくれない。だがついこの前まではそれがなんなのかすらわからなかった。」
彼の言う事がいまいち理解できない。
「それがきっかけのおかげで全てのつじつまが合った時、俺はいままでの自分に嫌悪感すら覚えてしまった。」
「・・・。」
私は黙る。
「・・・おしゃべりが過ぎたな。君はもう帰れ。」
「私じゃ・・・何も手助けは無理なの?」
「無理だ。」
彼のきっぱりとしたその返答に愕然とする。
沈黙の訪れたその空間はコオロギの鳴き声だけが、全てを物語り出した。
この鳴き声がどんなに彼を説得する力があるというのだろうか。
それなのにこの空間にはコオロギしか存在し得ないかのように延々と鳴き声は響く・・・。
私は無力だ。しかしそれを望んでいる私がいるのも事実だ。
ごめんね、静香。修二君。・・・後は・・・。