六。 勇者よ、覚悟を決めよ! ……って、俺は勇者ですらない。村人Aが良いトコなのに。どうしてこんなことに!?
声のした方を振り向くと、そこには副会長が放り出した木刀を肩に担いだ人がいた。
「人聞きの悪い、誰も苛めてなどいない」
「全くだね。ボクはお兄ちゃんの愛情を確かめていただけだしね」
会長とカナタはあからさまに視線を逸らし、なんでもない事をアピールするためにそれぞれの行動に移る。会長はテーブル上のカップに手を伸ばし、カナタは俺に無邪気に抱きついた。
カナタがこんな行動をとるなんて、あり得ないことじゃないか? 会長も、さっきのカナタとのやりとりを見た後だととても信じられない。
「助けていただいて、ありがとうございます」
俺が頭を下げると、その人は可笑しそうに顔を歪めた。俺、そんな変なことを言ったつもりはないんだけど。
「お前、本当にそこのカナタの兄か? 血縁者にしちゃあ、マトモだな?」
なんだその、カナタはマトモじゃないぜ★ 発言は。いや、事実カナタはマトモじゃないんだが、他人に言われるとちょっとムカつくな。
「あ、いや、カナタの兄がマトモな訳ねぇよな?」
ちょっと不機嫌になったのが顔に出てたのか、その人は慌てたように言った。
別に俺をマトモじゃない分類に入れて欲しかった訳じゃないんだが。まぁ、いいことにするか。俺はカナタと違って心の広い人間なんだし。
ひとり納得してると、
「ハルカはボクの素敵な兄だ! 侮辱するな!」
「カナタ君はこちら側の人間だ、駒に過ぎない存在が大きな口を叩くな」
なぜか俺を困らせていた本人たちから援護があがった。
あのな、カナタ。その人の基準はあくまでもお前だと思うんだよ。この場合侮辱されたのはお前の方だと思うんだ、俺は。それから会長、こちら側ってどちら側ですか?
そんな言葉が喉まで出掛かる。言ったら負けな気がするから必死に飲み込むけど。
「それは失礼しました、若様。
藤堂ハルカ殿、俺は明津トウマ。そこの若様のお目付け役兼護衛、ついでに生徒会会計。この非常識共に迷惑かけられるような事があったら、俺に言うと良い」
「誰が非常識だ」
「ボクは常識人だ」
恭しく頭を下げた明津先輩に、ふたりは怒りをあらわにする。
非常識共、か。確かに言いえて妙だな。カナタは説明する必要がないくらい非常識だし、会長は存在がまず非常識だ。ひとり納得して、何度か頷く。
「ええっと、会長。そろそろ話を本題に戻しましょう。
俺とカナタが執行部に入るかどうか、でしたよね?」
このままだと本題に戻る前に日が暮れるんじゃないかって気がして、話を無理矢理元に戻す。
いや、出来るならこの話は聞かなかったことにして、この部屋から出て行きたいんだけどさ。どう考えても無理そうだし。今日話がつかなかったら、この先ずっと呼び出されそうだし。
「腹は決まったのかな?」
「……はい。条件を呑んでもらえるのら、受けようと思います」
はっきりと、俺は言い切った。
俺だってやる時はやるんだ。っていうか、非常識なカナタのせいで目立たない上にへたれなイメージがあるって中学の時は良く言われたけど、俺だって男。股にはしっかりついている。
「ハルカ、本気?」
びっくりした様子のカナタに俺は小さく頷くと、会長に顔を戻す。
「俺が出す条件はふたつ。
ひとつはカナタを守ってもらうと言うこと。これについて、詳しい説明は要らないですよね?」
「それについては君からの条件でなかったとしても元よりそのつもりだから問題はない。
もうひとつの条件を聞こうか」
会長は優雅に、無駄に長い脚を組みかえた。それだけの行為なのに素晴らしい威圧感がある。
カナタは理解出来ないって言ってたけど、この人なら従ってもいいって思うのはそうおかしい事じゃないんじゃないかってのはわかる。……気がする。
俺はも一度深呼吸をして、決意を決めて口を開く。
「ユウイ様、わたくし共は席を外した方がよろしいでしょうか?」
意を決したのに、声にする前に遮られた。それも鞭を持って、脚に副会長を縋りつかせた……佐和先輩?に。
「それがいいかもな。
佐和、村崎と一緒にそこの一年ふたりをつれて隣の部屋で生徒会の仕事を説明してやってくれ。
若様もそれでいいよな?」
「ああ。佐和君、韮沢君と間宮君のことは任せたよ」
俺が呆気に取られてる間に、話はとんとんと進んでいく。
これって、もし俺が出した条件を会長が呑めなかったとしても、無理矢理話を進めそうな雰囲気なんだけどっ! まだクリスとキョウのふたりがいれば、会長とかも無理強いしない気がしたからこんな条件出したってのに!
恐る恐る視線を向けると、佐和先輩は表情ひとつ変えてなかったけど……明津先輩は満足そうに笑ってた。
もしかしなくても、俺、カナタのために踏み込んじゃいけないところに踏み込んでるっ!?
やっちゃったっ!?
「ハルカ君、条件を」
ドアが閉まる音に、会長の言葉が続く。
既に後悔し始めた俺を、会長も明津先輩も、解放してくれる気はなさそうだ。
「俺たちに出来るだけ干渉しないでください。
貴方たちがどんな扱いをされているのか良くはわかりませんけど、俺もカナタも一般人、普通の生活を送ってるんです。
貴方たちのような常識外の存在が側に居ては普通に生活できません」
そうだ。俺が求めるのは普通の生活で、こんな理事長の息子で生徒会長を務めるような、超絶美形と知り合いになる事じゃない。
俺の側にいる常識外はカナタだけで十分なんだ。
「わかった、君の条件を呑もう。
必要以上に君たちに関わらないと誓う。口頭で信じられないというのなら、書面で誓っても構わない」
口約束だけで済ますつもりはないらしい。
それなら一安心かな?
「しかし――」
だけどそうは問屋が卸さないらしかった。
「君たちは既に注目を集めていると思うが。
入学式の後、ステージ上でしでかした事を忘れたわけじゃあるまい」
……忘れたくっても、忘れられるわけがない。カナタの蹴りによって豹変した副会長、なんてあんなシュールな光景。
確かに全校生徒に俺とカナタを印象付けるには十分すぎるイベントたよな。
「君たちはその容姿や資質とは別に、既にこの学校の有名人だといえる。
無駄な騒ぎを避けるために生徒会執行部に所属するのが、一番平穏だと思うがね」
「最初っから、本当の意味でボクたちに拒否権は与えられてなかったってことか。
あの場でボクたちをステージにあげて、あの副会長が取る行動さえ予測がついてたなら……」
カナタは俯き、肩を震わせて笑い出した。
「カナタ?」
なんだろう、もの凄く嫌な予感がする。
「大丈夫、大丈夫だよ。ハルカ。何があってもボクが守るって約束したんだから。
ボクはね、恋とか愛とかよりもハルカが大切なんだ。どうしてボクたちがひとつで生まれてこなかったんだろうってくらいにね。
だからね、ユウイ」
カナタはそこで顔を上げ、会長を見た。
「ボクはまだしも、ハルカをはめるような真似をしてくれたこと――後悔させてあげる」
「それは楽しみだ」
ばちばちばち。
ふたりの間に稲妻が走ったのが見えた気がするのは、気のせい? 気のせいだよなっ!?
「相変わらず、仲がいいなぁ」
これのどこが仲良く見えるんだろう?
それを質問する気にもなれず、俺はひとりため息をついた。
俺の幸せ色なハズの高校生活は、コレで前途多難でお先真っ暗闇で決まりだろうか。
(色んな意味で終わった)