参。 妹よ、何があったのかお兄ちゃんに話してごらん。え? あ、うん。…………ごめん、それは俺の理解の範疇外だ。
俺たち以外誰もいない、一年E組の教室。そこの自分の席にカナタを座らせ、俺はその前に立った。
「言ったよな、俺。問題を起こすようなら家に帰ってもらうって」
「……うん」
柄にもなくしょんぼりとした様子のカナタに、怒鳴るに怒鳴れなくて俺はため息をつく。
カナタの頭を軽く叩いて、それから少し強引に撫でる。
「あんなことした理由、話してみろ? それによっては今回だけは考えてやるから」
結局のところ、俺はこの妹に甘いんだよな。
上目遣いに俺を見上げたカナタに、俺は笑顔を作る。するとカナタは少しほっとしたような表情を浮かべて、口を開いた。
「あの変態、父さんの知り合いの息子で、ボクは何度かあったことがあるんだ」
やっぱり知り合いだったのか。
って、つまりは、あの超絶美形はカナタが女だって知ってるわけか。
「でね、あの変態、最初はボクに自分の子を産めって言ってきてさ」
「…………は?」
「それが普通の反応だよね。その時は僕まだ小学校四年生でさ、さすがに純粋なところもあったからね。だからびっくりして回し蹴り食らわせて気絶させて逃げちゃったわけなんだ」
その頃のカナタに純粋なところがあったかはさておいて、カナタが小四ってことは向こうは小五。子どもの冗談だとしても普通じゃないだろ。
なんかもう、回し蹴りどころじゃ驚く要素がないよな。
「んで、次は中学一年の時かな。すっかりそんな変態が居たな程度にしか覚えてなかったんだけどね、再会するなり、卵子を提供してくれるだけでいいって言って」
「この時は何をしたんだ?」
絶対何かをしたんだっていう妙な確信を持ちながら聞くと、小さな声でドロップキックと返ってきた。
「やっぱり気絶させたのか?」
「ううん、かわされて抱き留められてキスをされた。
ファーストキスじゃなかったんだけどさ、まさかいきなりディープキスされるなんて思ってもみなかったからびっくりして……」
でぃ、でぃーぷきすかよ。彼女いない暦年齢な俺としては、声も出ない事実だ。
「離れた瞬間に頭突きを当てて、逃げた」
いつもの俺なら一応は女なんだからとでも言うところなんだが、今回ばかりはむしろやったと褒めるべきだろう。
「それで最後がこの間、二月の初めごろ、ハルカの入学が決まってすぐ。父さんの知り合いと変態がうちに来てさ、ボクとあの変態を結婚させて……なんて話をしてったんだよね」
「俺、初耳なんだけど」
「だってハルカは学校の友達と遊びに行ってたし。ボクが正式に返事するまでは黙っててくれるように父さんと母さんに頼んだし」
むー。気持ちは分からなくはないけど、俺だけ仲間はずれにされた気がしてならない。
「後は若いふたりで、なんて適当な口実つけてお父さんたちが酒盛りを始めてね。
変態とふたりきりにされたボクは1メートル以内に近付いたら自分を刺すって宣言して、どうしてボクなのか話したんだ」
なんだその、修羅場な光景は。
貴方を殺して自分も死ぬっ、だったら昼ドラの世界なんだろうけど。
「で、あの変態はボクのこの容姿に一目惚れしたんだって。このボクに惚れるのは仕方のない話だとは思うんだけど、良く良く聞いてみると、完璧な自分の子を残すためにはボク程度のレベルが必要だとかのたまったんだ」
「確かに超絶美形だと思ったけど……」
「あの変態のどこがっ!? ボクに言わせればハルカの方が圧倒的に上だよ!」
どう贔屓目で見ても、俺があの超絶美形に勝ってる点はひとつもないと思うんだが。顔は比べるまでもなく、身長もあっちが高かった。生徒会長をやってるくらいだから頭もいいんだろう。
カナタは本気で思ってるのか、頬を膨らませて文句を言ってきた。
この際俺がどうだってのは置いておくことにして、
「まだ何かあるんだろ?」
「まあね、変態に抱かれてやるつもりもなかったし、変態の子どもがボクの遺伝子上の子どもになるなんてのも嫌だったから断った。当然だよね。
その時……ついうっかり、ハルカの名前出しちゃったんだよねぇ」
なんだろう、もの凄く嫌な予感がする。
「ボクは兄のハルカを世界で一番愛してるので無理ですって」
「俺はお前の兄で、そういうつもりは欠片もないぞ?」
むしろあって堪るか。カナタを恋愛の対象に出来るわけがない。
「うん、それはわかってるから大丈夫。ボクも家族愛以上の感情をハルカに持ってないし。
だけど変態の方はそうは思ってなかったみたいだからさ、父さんと母さんには嘘言って入学させてもらったんだ」
これはアレか、謎は全て解けた。とかやるべき状況なのか?
簡潔に話をまとめると、超絶美形の生徒会長――当時はもちろん違うんだろうけど――にかなり変な言い寄られ方をされた我が妹カナタは、俺の名前を出して難を逃れたと。
で、そのせいで俺に何か起こるとマズイと、適当なことを言ってこの男子校に入学したと。
…………はぁ。やっぱりカナタが騒ぎを呼び寄せたか。
「俺は毎度のことだから耐えてやるけど、頼むからほかの人には迷惑をかけないでくれよな」
「じゃあ、今回は見逃してくれるの?」
「いま家に送り返す方が後々面倒そうだしな」
小心者の俺が、これから起こるだろう騒動にひとりで巻き込まれるのが嫌だったという理由もあるんだが。
だけどカナタは満面の笑顔を浮かべて立ち上がると、机越しに俺に抱きついて来た。
く、苦しい。
「自分ら、会長に啖呵切ったりしてどないした……」
どやどやどやと、講堂から戻ってきたクラスメートたちは、カナタに抱きつかれてる状況の俺を見て……盛大なため息をついた。
ため息をつきたいのは俺の方なのに。