浪士隊
数日後、吉岡の軟禁されている寺に、氷室が二人の浪人を連れて来た。
「吉岡殿、こちらの二人は今度の派遣部隊において、貴方の補佐をしていただく沢村殿と工藤殿です」
氷室が二人を紹介した。
吉岡は間もなく、五千の浪人部隊を引き連れて大陸の果てにある草原の王国へと遠征の徒につくこととなっていた。
しかし、実戦経験のない若造の元大名吉岡義紀では戦に生きてきた海千山千の浪人たちを抑えることなど無理。そこで、氷室は吉岡の補佐と言うよりも参謀の地位につく浪人を二人選んできた。
二人の浪人は、苦労してきたらしくみすぼらしく乞食のように汚い身なりをしていた。吉岡の目から見て、とても浪士隊の参謀などとれそうもなかった。
「沢村大樹です」
三十代後半らしき浪人が静かに挨拶をした。痩せて弱弱しく見えたが眼光は鋭く殺気が見え隠れしていた。
「工藤新九郎です」
四十過ぎらしき浪人も挨拶の言葉を述べた。彼の声は明るく柔らかかった。背も低そうで丸く人も良さそうな雰囲気を醸し出していた。
二人の挨拶に吉岡も頭を下げ
「吉岡義紀です。若輩ですので、ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。工藤殿。沢村殿」
と彼らの名を口にした時、ふと思い出し顔をあげた。
「あ、もしや、あの、沢村殿ですか?中森の合戦の。貴方はあの工藤殿ですか?槍を取っては日輪一と云われた」
二人は黙って頷いた。狼狽する、吉岡。
「吉村殿、あの、高名な沢村殿と工藤殿だ。あれほどの男ではあったが、今ではただの浪人者。私が手を差し伸べた時はほぼ乞食状態であった」
氷室の言葉に吉岡は絶句した。沢村、工藤と言えば日輪を代表する戦国武将。内戦終了後全く噂を聞かなくなったので、てっきり死んだものと思っていた。
「このお二方がいれば、戦は問題なし。吉岡殿は将としてファンと接してください」
氷室の言う通りだった。これほどの武将が二人もいれば何の問題もない。吉岡などを全く必要ない。
「五千の浪士隊は現在一千づつ組み分けられ、西南州の港町縣に集結しています。五つの千人隊には、それぞれ千人隊長が就いています。千人隊長たちは沢村殿と工藤殿に選出していただきました。吉岡殿は準備でき次第、お二人と出立してください。縣に着いたら千人隊長たちと合流。船で大陸に行きます。千人づつの移動になります。ラー帝国の貿易都市ラガンで川舟に乗り換えます。大河フランを十日遡ります。さすれば、ファン最南端の貿易都市カルに到着します。全軍到着するのを待ってから陸路北上します。二十日ほどでファン王国首都アルムに着きます。龍王院執政室はカルまでは面倒をみます。その後はファンの指示に従ってください」
氷室が簡単に説明する。
「いつまでファンに?帰りはどうしたらいいんですか?」
「吉岡さん。帰国はありません」
分ってはいたが、それでもショックだった。二度と故国の土を踏む事の無い現実が。
縣に着いた吉岡は五人の千人隊長たちに引き合わされた。
日向大介
三十五 巨大な太刀を振るう勇猛果敢な山賊あがりの侍。
桐野月影
四十 剣士
大願寺勇大
二十八 大男怪力無双の侍
長瀬善鬼
二十五 弓術家
橘将門
四十三 元武将
この五人が千人隊長として沢村たちに選ばれていた。
吉岡は日向の名前に記憶があった。鬼のように強いと聞いていた。
桐野?桐野を紹介された時、吉岡は一番驚いた。
桐野月影は龍王院に滅ぼされた日輪の前の支配者、聖霊院お抱えの剣士集団、
王国八剣士の一人だった。
日輪全土から王族を護るために集められた八人の剣士。桐野はその一人。
そして、最後の生き残りだった。
聖霊院と龍王院・東国大名連合の間で行われた大会戦、四方が原の戦いで王国八剣士は壊滅した。
桐野だけが生き残り龍王院に囚われていた。吉岡は桐野がとっくに処刑されていると思っていた。
五人と初めて会った時、吉岡は丁寧に挨拶をした。
桐野は終始無言。多分、一流の剣士と言う輩は無口なのだろうと吉岡は思った。
日向の眼光は桐野と同じほど鋭かった。ただ、両者の質は違っていた。桐野の目が氷ならば日向の目は炎。
日向は声も大きく、愛嬌もあった。
大願寺は大男だったが、優しい目をしていた。
橘は終始笑顔。
隊長各では最年少の長瀬は冷たい目をしていたが一番よく喋った。
それぞれの隊は百人づつ十個の隊に分けられていた。
百人隊。それぞれの隊には百人隊長が就けられた。
浪士隊幹部は、
総隊長吉岡。
参謀沢村、同じ参謀工藤。
千人隊長に日向、桐野、大願寺、長瀬、橘。
その下の百人隊長たち、五十人。
彼らが五千の部隊を率いて草原に向かうことになる。
戦場に。
浪士隊の名は清波隊と名付けられた。
命名したのは都にいる、龍王院初代大王だと言う。吉岡は多分、氷室が付けたのではないかと感じていた。
沢村も工藤も名については何も言わなかった。
浪士たちは仕事につけたことに喜ぶ者。
最初から死ぬつもりで参加した者。
大陸で一旗揚げようと夢と希望を膨らませている者。
ただ、戦がしたいだけの者など、それぞれだった。
思いは皆違い、かける意気込みも違っていた。
そんな中、最初の部隊が遠征に出発した。
日向隊千名が王国の船団に乗り込み日輪列島を船出した。
雲一つない、よく晴れた暖かい日だった。
工藤参謀も日向隊と共に大陸に渡って行った。執政室の官僚たちがラー帝国とファン王国に待機していて派遣隊の案内と世話をしてくれている。至れり尽くせりだった。
そこまでして浪人たちを排除したいのかと吉岡は考えていた。もっとも自分には関係ない話だとも感じていた。
十日後。桐野隊が大海原に船出して行った。
その後も十日から十五日ぐらいの間隔で、大願寺隊。長瀬隊と出発して行った。
そして、橘隊と共に吉岡、沢村も出発する日がやってきた。
氷室執政官が見送りの為、港に姿を現した。
「御武運を」
氷室は吉岡と沢村にその一言だけを伝えた。
船が岸壁から離れたと同時に氷室は吉岡たちに一礼すると足早に去って行った。
氷室は早速、次の仕事に取り掛からなければならなかった。
つまり、国内に残る、浪人の根絶。今、五千もの浪人を国から追い出すことが出来た。しかも、もっとも交戦的で腕の立つ輩を。後の奴らは浪士隊募集にも乗って来ない程度の奴ら。たいしたことはない。
氷室は気が幾分、楽になった。彼は久しぶりに肩の力が抜けた。
吉岡たちの船旅は順調で海は何処までも青く、波は静かだった。
七日後に船団はラー帝国南方の貿易都市ラガンに到着した。
港には龍王院執政室の鯨岡と言う名の官僚が待っていた。
吉岡たちが派遣軍宿舎に案内されると、そこには長瀬隊がのんべんだらりと過していた。
長瀬隊は二日後にラガンを出る予定でいた。
浪士の殆どが遊んでいたと言うのに、長瀬は弓の稽古をしていた。
吉岡と沢村は彼の弓の腕をしかと確かめた。
かなりの腕だった。
橘もやって来た。
「ほお、あやつの弓は中々のものですな」
生来明るいのだろう。橘は楽しそうに言った。
「橘殿はいかがかな?」
沢村が鋭い声で尋ねる。
「いや、其れがし弓は多少使いますが彼の域には及びません。ははは」
橘は声高らかに笑った。橘は誰にでも好かれる体質らしく兵たちからも好かれていた。吉岡も沢村も好意を持っていた。
稽古を終えた長瀬が近づいてきた。
「精が出ますなあ」
「いやいや、あたしは弓しか脳のない男ですから。でも、弓には自信があるんですよ。でも、聞けばミンゴルンたち騎馬民族の奴らは大陸一弓が上手いとか。絶対に負けられないですからね。こちとら、日輪代表ですから」
なるほど日輪代表か。吉岡は変に関心した。
その翌日、長瀬隊は川舟で大河フランを遡って行った。
その十日後、吉岡たちも川の旅に出る。
川と言っても日輪の川とは格が違う。まるで海そのものだった。対岸はいつまでたっても見えなかった。
船旅はここでも順調に進んだ。
船上、吉岡は沢村、橘とよく話した。
沢村は龍王院を憎んでいた。沢村の仕えていた大名が龍王院に滅ぼされた。沢村の父も兄も殺された。沢村は復讐の鬼と化して龍王院と戦い続けてきた。
最後には捕らわれ獄に繋がれたが龍王院に屈することはなかった。それが今回、浪士隊に加わったのは大陸で一旗揚げ、一大勢力を作り、再び龍王院に戦を挑む積りだった。
吉岡は沢村の話を聞き、彼は真の武将なのだと思った。自分とは性根が違うと。
橘は常に立身出世を考えて生きてきた。だが、運がなかった。橘自身はいい働きをするのだが、仕える家が必ず戦に負け滅んで行った。吉岡が見たところ、橘は相当な武士だが、人を見る目がないのかもと思った。事実、
「吉岡総隊長の下で頑張れば大陸でも出世できそうですな」
と言った。もし本気の発言ならば、やはり目が悪いのだろう。
そんな船上での日々を過ごすこと二十日。
一行はファン王国カル市に到着した。