二年前
アンディーアの東の果てには東海と言う大海が人々の往くてを阻んでいる。
その東海を越えれば日出ずる国と呼ばれる島に到達する。
四つの巨大な島と数千の島々からなる島国。日輪列島。
日輪列島には千年続いた王国が存在した。
日輪王国聖霊院王朝。
しかし、百年続いた内戦は国土を破壊し、国家も国民もボロボロになってしまった。
日輪列島でも南国地方と呼ばれる地域から現れた大名「龍王院」は、近隣大名達を滅ぼし最後には聖霊院王朝まで滅ぼしましてしまった。
龍王院当主総悟は龍王院王朝初代大王を名乗り日輪を完全に支配下に置いた。
だが、新政府に問題は山積みになっていた。
龍王院王朝は旧政府である聖霊院王朝に加担した大名達を次々に取り潰しにした。歯向かう大名は力づくで滅ぼした。おかげで、龍王院に盾突く大名はこの世からいなくなったが、その代わりに、世には、おびただしい数の浪人が溢れでてしまった。
浪人たちの七割はあたらしく大名になった成り上がり者たちに雇われ仕官出来たが、残りの三割は野に取り残された。彼らに仕事は無くその日の食べ物にすら窮する有様だった。彼らは仕方無しに野伏へと変貌していった。
野伏化した浪人たちは国中を荒らし回った。
世が平和になったため、仕官を許される浪人は戦上手な者よりも政治経済に長けた者たちの方が遥かに多かった。野に溢れる浪人たちの大部分は戦しか脳の無い者達ばかりだった。
日輪列島全土には、そんな浪人たちが数万人もいた。
龍王院政府は浪人対策に追われる日々を送っていた。
浪人たちの多くが野伏になり農村を襲い、殺戮と略奪を繰り返した。
取り締まろうにも浪人の数が多く、野伏を捕まえても、すぐに他の浪人が野伏化してしまい、王国の治安は悪化の一途を辿っていくのだった。
浪人対策に忙殺されていた王国執政官の氷室は耳寄りな情報を仕入れた。
情報の元は王国外事部。
外事部は新生王国の対外交渉の総てを任されていた。
外事部長の岡島は氷室と同じ三十歳。共に同郷で、龍王院初代大王総悟が辺境の一大名だった頃からの家臣だった。氷室も岡島も長屋の様な貧民窟出身。総悟を信じ寝る暇も惜しんで勤勉に励んできた。
その成果で今では共に千人以上の家臣を持つ大名になり、片や執政官。片や外事部長にまで出世したのだった。
「面白い話がある」
岡島と氷室が夕食を共にした時の事。
岡島は外国との外交話で盛り上がっていた。調子に乗って色々と喋った話の中に、ファンからの使者の話が混じっていた。
「ファンの使者が言うには北の騎馬帝国が何十万もの大群で南下してくるから、後助成をお願いしたいと言うんだ。やっと平和が訪れたのに、誰が好き好んで大陸の中央まで戦に行く?せっかく、百年にも渡る戦国乱世が終了したのに」
岡島の話に夕食会に列席した官僚たちは爆笑で答えた。そんな中、氷室だけが真面目に質問した。
「岡島は何て返答したのだ?」
「兵は出さん!と答えたかったが、俺も今では王国の高級官僚様だ、軽くは答えられない。だから、官僚らしく答えてやったよ。前向きに検討させていただきます。とね」
他の官僚たちが、またも爆笑した。
「じゃ、まだいるのか?ファンの使者は」
「いるんじゃないのか?その辺に」
官僚たちが爆笑している中、氷室は会食会を中断して王宮へと向かった。
氷室は出がけに
「岡島、その話、俺が貰うぞ」
と岡島に言った。岡島に異存があるわけがなかった。
王宮に戻った氷室は即座にファンからの使者に会うと軍団派兵を約束した。
氷室は全国の野に溢れている浪人たちを集め大陸に送るつもりだった。浪人問題も解決し、ファンとの外交にも今後有利になる。一石二鳥だった。
氷室がファン遠征軍を募集すると、たちまち浪人者たちが集まってきた。その数最終的には五千に達した。
氷室は五千にも膨れあがった軍団の指揮官を誰にするかで、大いに悩んだ。氷室は遠征には浪人しか派遣しないつもりだった。王国の正規の兵は誰一人派遣しない。大名も行かせない。王国執政室は派兵隊の調整と支援に徹する。
だから、司令官も浪人から選出したかった。出来れば元大名がいい。
氷室は元大名の落ちぶれた浪人を探し回った。
吉岡義紀は二十代半ばで、生まれも育ちも、生粋の大名だった。
乱世の中に生きた戦国荒大名の家に生まれ育ったのだが、義紀自身は戦も政も商いもしたことがなかった。
義紀の父、義昭が好き放題にしていた為、義紀は何もしてこなかった。何も教わらなかった。父義昭もそろそろ義紀を武士として君主として教育しようと思った矢先、彼は戦場で流れ矢に当って呆気なく死んでしまった。
後を継いだ義紀が何かする前に内戦は終了してしまった。龍王院の圧勝で戦国時代は幕を閉じた。
吉岡家は龍王院家と対立していたので、戦後御家お取り潰しになってしまった。
五千人いた家臣はそのまま浪人になって野に下ったが、吉岡家には優秀な人材が多かったので七割以上の者たちが仕官していった。
しかし、義紀に未来はなかった。仮にも新生王国の大王に逆らった家の当主。死刑か一生幽閉が妥当な線だった。王国の首都金京付近の山寺に軟禁されていた吉岡義紀は王宮からの使者が来訪する度に、死刑かと思い震えあがっていた。
その日、氷室が面会に来た時も義紀は恐怖で固まってしまった。
しかし、氷室の口から出た言葉は彼の予想だにしないものだった。
「浪人たちを五千人率いて、ファンに行ってほしい。ファン軍と連携を取って北方騎馬民族の国、ミンゴルン帝国の侵略を防ぐ。私の話は理解できましたか?」
もちろん、何一つ理解出来なかった。氷室執政官は義紀に死刑の宣告に来たと思っていたのだ。それが五千の軍団の頭になれと言うのだ。理解出来るわけがなかった。ファンだのミンゴルンだの言う国の名も今日初めて聞いた。何処にあるのかさえ分からなかった。
「龍王院大王に逆らった罪で死刑になるのでは?」
吉岡義紀は恐る恐る聞いてみた。
「死刑を望みか?」
「い、いえ」
「なら、浪人隊の指揮を取れ。確かに吉岡殿の死刑は決まっていたが、私が撤回させた。吉岡殿はファンに行けばよい」
氷室は有無も言わせない態度だった。
「どうして、私なんですか?私は五千もの軍勢の指揮など取ったことがありません。ファンとかミルゴンとか、それは何処にあるのですか?」
吉岡は矢継ぎ早に質問をした。氷室は眉一つ動かない。
「吉岡殿が五千人の家臣を率いていた大名だったからです。浪人たちの中に元大名の生き残りは一人もいません。皆、死にました。理由はそれだけです。吉岡と言う名が重要なだけで、貴方の能力は特に問いません。実際の指揮は別の者を浪人の中から選出しました。ミルゴンではなくミンゴルンです。ファンは中央アンディーアの王国です。後で資料に目を通しておいてください」
それだけ言うと氷室は帰って行ってしまった。
吉岡のファン行きはこうして決まってしまった。