第四幕 「君たち同族嫌悪って知ってる?」
……今日も朝が来た。来て、しまった。
眠い。ひどく眠い。起きたくない。
昨日までのできごととか、これからどうなるのか
とか想ったらなんだか起きたくない。
「フィア様朝ですよ~」
チッ。空気の読めないメイドめ。
もう少し寝させてくれよ。
私は、眠いんだ。疲れてるんだ!!
ていうかちょっとは他のメイドみたいに、
優しくしてくれよこの腹黒メイドが!!
「フィア様?」
今日は絶対に嫌だ。
起きるものか。私はそう思いながら
布団にしがみついていた。
「フィア様?」
再び声がする。でも、それはリルカの声
じゃなかった。っていうか女性の声じゃない。
アルカか? お前も空気が読めないのか!?
私はアルカの声も無視した。聞こえてない。
聞こえてないと心の中で念じる。
アルカも起こしに来るなんて、というか
この二人そっくりだよな?
同族嫌悪っていう言葉を
この二人は知っているのだろうか。
はたから見たらこの二人は
「兄妹」って言われても納得
出来そうなくらいそっくりだった。
無論外身じゃなくて中身がだけど。
いい加減にしてくれ。今日くらいいいじゃないか、
仕事はほとんどためてなんていないんだから。
しばらく私はうーうー唸りながら布団にくるまって
いたのだが、結局アルカに布団を引きはがされてしまった。
……容赦なくベッドから転げ落とされた私の頭に
けっこう大きなたんこぶができる。リルカがアルカに
ぎゃんぎゃん吠えかかったが、アルカはどこ吹く風だった――。
しかし、少し気分を落ち着けながら朝食をとっている最中に、
アルカが人の神経を逆なでするようなことを言った。
「よろこんでくださいフィア様。今日はあなたの休暇の日です」
「だったらもう少し寝させろおおおおおおおおおっ!!」
叩き起こされて置いて素直に喜べるはずがない。
私は思わずアルカの胸倉をつかみあげていた。
リルカはどこかかわいらしくも黒い笑みを浮かべたままだ。
何の嫌がらせだ!!と食ってかかるものの、彼は「ハハハ」と
わざとらしい笑いを響かせるばかりだった。
「もう一度寝ますか?」
「リルカ、お前ぶっとばされたいの? 私は一度起きたら
眠れないの知ってんだろ?」
そう、私は一度起きたらなかなか眠れない性質なのだ。
だからあの時眠りにしがみつこうと必死で抗ったのである。
知っているくせに黒い笑みを浮かべながらそう言うリルカに、
思わず殴りかかりそうになったが、他のメイド達がいるので
諦めた。彼女たちは私を『男』だと思っているので、私が
リルカを殴ったら『男が女を暴行した』現場になってしまう。
だからリルカもどうどうと私をからかったのだろう。
本当に腹黒いメイドだ。
「じゃあ一緒に出かけますか?」
「私もご一緒しますよ」
リルカが一緒に出かけることを提案してきた。
アルカも名乗りを上げる。だが、私はこんなお目付け役共と
一緒に出かけることが嫌だったので、全速力で屋敷を
飛び出したのだった。聞こえてきた怒声は全力でスルーする。
「ふぅっ、やっと一人になれたあ!!」
私は満面の笑みで町を歩いていた。私たちが住む町、シルディアは
大きくていろいろなお店が並んでいてとても楽しい。
伯爵代理になるまでは、私はよく屋敷を抜け出してたびたび買い物を
していたのだ。お金は持っているし(主に父や祖父から口止め代として
絞り取ったお小遣いがたくさんある)、かなり楽しめそうだ。
今は伯爵代理の身の上なのでかわいらしい女物の服は買えないが。
元々そういう服はあまり好きじゃないので平気だ。
まあ、どうしても買いたい女物の服があれば、「友達(もしくは
恋人)へのプレゼントだと言っておけばいい。
「さってと、どこ行こうかな~……ってぇ!!」
上機嫌な私にぶつかってきた奴がいた。人相の悪そうな男だ。
ぶつけた肩をさすりながら私は彼を睨みつける。
どこ見て歩いているんだ!! そう私が怒鳴りつける前に、
相手の男が私を怒鳴りつけるのが先だった。
「どこ見てあるいてやがるんだ!! ええ? 坊っちゃんよお」
「先にぶつかってきたのはそちらでしょう」
私は暴言が口をついて出ないように比較的冷静な声で答えた。
こういう相手に暴言をぶつけてしまうと、いろいろ面倒だ。
しかし、男は私の言葉を聞いているのかいないのか、しきりに
私の服装をじろじろながめているのだった。
最初は女だと疑われているのではないかとあせったが、ふと
気付いた。彼は私が「いいところの坊っちゃん」であることを
確認していたのだ。私の服装は子爵にふさわしい上等な服だったから。
「もちろん慰謝料は払ってくれるんだろうな?」
「冗談ではありません。あなたは怪我もしていませんし、僕が
そんなものを払う義理はどこにもないですよ」
おおおっ、と私と男のやりとりをただ見ているギャラリーから
歓声が上がった。見ているなら助けてくれよ、と思う。
私が女の姿のままだったら助けてくれたんだろうか?
「てめえ!! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
男は私が命知らずの馬鹿だと勘違いしたようだ。
いきなり岩のように堅そうな拳を固めると、いきなり
私に殴りかかってきた。だが、私に言わせると命知らずは
向こうの方だと思う。私をなよやかな貴族の坊っちゃんだと
勘違いしたのが運のつきだ。
「やあぁぁぁ!!」
私は男の拳をひらりとかわすと、気合いの声と共に男の
鳩尾に自らの拳思い切り叩きこんだ。
ぐたりと気を失った男がもたれかかってくる。
気絶した人を放り投げるのもなんなので、私は慈悲の心を
出して男を地面に寝かせてやることにした。
ホッと一息ついて、さあ店を見て回ろうか、と思った矢先
にそれは起こったのだった。
「おいヘインド!! 大丈夫か!?」
「おいてめえ!! なめたマネしてくれるじゃねえか!!」
「貴族だからって俺らは容赦しねえぞ!!」
ヤバイ!! 私が倒した男の仲間が三人も出て来てしまった。
いくら私が武術や護身術の訓練を受けていても、しょせんは女。
こんな大人数に勝てるわけがない。
たらり、と私の額に汗が流れた。
どうしたらいいんだろう。一瞬思考が止まった私は、ぴくりとも
動けずにその場に突っ立っていた。ギャラリーが急に心配そうな
顔になる。だったら助けてくれ、と言うことすら今の私には
できないことなのだった。と――。
「お兄さん、こっち」
ぐいっ、と腕を掴んだ手があった。労働者らしい荒れた手だ。
声はまだ声変わり前なのか女の子みたいだったけれど、ごつごつと
した手の感触で呼んだ相手が男なのだと分かった。
「こっちなら見つからないよ早く!」
「あ、ああ……!!」
私は腕を引かれるままに彼についていった。ふわふわとした
栗色の髪と澄んだ瞳のまるで女の子のような顔立ちの子だった。
「あ、待ちやがれ!!」
男の一人がめざとく気づいて私たちを追ってこようとする。
しかし、彼が私に声をかけたのを皮切りに、ギャラリー達も
私の味方になってくれた。殴ったり蹴ったりしつつ私たちに
彼らを近づけないようにしてくれている。
「レイリィ!! いる!?」
「もちろん!!」
男の子がギャラリーに向かって声を投げると、彼と似た
顔立ちのかわいらしい女の子が飛び出してきた。
彼女も私たちと同じように走り出す。
小一時間ほど走ったのだろうか、レイリィと呼ばれた少女と、
彼と私がたどり着いたのは一軒のパン屋の前だった。
焼き立てのパンの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「危ないところだったね、お兄さん。僕ライリィって言うんだ。
お兄さんの名前は?」
ここで本名を名乗ったら身分と性別が割れる。
仕方なく私は愛称の方を口にした。
「あ、ああ僕の名前はフィアだよ。助けてくれてありがとう」
「でも、兄の助けなんていらなかったんじゃないですか?
フィアさんとっても強かったですし」
「う、うるさいなレイリィ! だって、多勢に無勢は卑怯だろ!?」
この兄妹はとても仲がいいようだ。妹のレイリィがからかうように
言って兄のライリィが赤くなって反論する。
つい私はくすくす笑ってしまった。
「さあさあ兄さん? 早くフィアさんを中に招待してよ」
「言われなくてもそうするって!! ……フィア、中に入らない?
パンとコーヒーくらいなら出せるよ」
「あ、ありがとう……」
ちょっと迷ったが、お腹がすいていたので私は素直に
彼の招待を受けることにした。まだ温かい菓子パンを受け取り、
レイリィが淹れてくれたいい匂いのコーヒーと共に食べる。
「あ、おいしい……」
「あ、よかった!! このパン僕が作ったんだよ。
僕達兄弟はここでパン屋をやってるんだ」
「そうなんだ。凄いね」
「元々は親父とお袋の店なんだけどね」
元々は父親と母親の店で、今二人でやっていると
いうことは両親はすでにいないのだろう。
私はそれ以上突っ込んで聞かなかった。
ライリィをちらりと盗み見る。
私の視線に気づいたライリィがにっこりと屈託なく笑った。
……あれ? な、なんでだろ胸が痛い……。
感じたことのない気持ちだった。胸が締め付けられるように痛む。
ひょっとして、私ライリィのこと……!!
「あ、あの、僕そろそろ帰らなくちゃ」
「あ、そうなの? じゃあね、また会えたらいいな」
「今度はパン以外のものも売っているのでそれもごちそうしますね」
ヒラヒラと手を振る兄妹に私は笑顔を向けた。
二人だけでも頑張る彼らを見ていると、私も頑張らなくちゃな、と
思うような気持ちにさせてくれる。
温かい気持ちで家に帰った私は、リルカとアルカに冷たい視線を
向けられるのだがそれはまた別の話だ――。
ついにフィアの初恋の相手、ライリィ登場です。
アルカやリルカとは違う、優しくて純朴な
彼に魅かれるフィア。彼女の恋路はどうなって
しまうのか? そしてアルカとリルカは――?
次回もよろしくお願いします。