第一幕「私ってこの人達の主だよね!?」
私はフィア・ラスティ・エドアルド。
今現在、伯爵代理を務めている。
何故代理かというと、私が女だからだ。
私は朝起きると、逃げ出した弟と瓜二つの
顔を鏡で睨みつけながらベッドに腰かけていた。
腹黒メイドのリルカが馬鹿にしたように
笑っていた。本当にかわいいのに小憎らしい。
なんで乳母はこんな子を産んだのか。
というか、なんで心優しい乳母に育てられた子が
こんなに腹黒くなったのか。永遠の謎だ。
「フィア様、何を考えているかだだもれですよ」
付き合いが長い彼女には私の表情だけで
考えを読めるようだ。しだいに笑みが黒く
なってきたので、私は慌ててベッドから離れて
着替えを始めることにした。
何かまだ目が怖いので自分で上等そうな
(ていうか上等なんだけど)上下に着替える。
あれ、何で私メイドに怯えてんだろう。
私主だよね? 幼馴染とはいえ、この子の主だよね?
あ、ヤバイ。こっち睨んでる。
何で心読めるの、本当に。
いや、私が分かりやすいのかもしれないけど。
「フィア様、新しくあなたに使える従者がお見えに
なっているそうですよ。もたもたしてないで
早くお着換えになってくださいな」
じゃあ手伝ってよ。そう思った私のことなど
お見通しの彼女は、にっこりとそれはそれは
かわいらしい悪魔の笑みを浮かべたーー。
ようやく恐ろしいメイドから離れることができた。
かわいいのに目が笑っていないのだから本当に怖い。
何されるか分からない。一度怒らせた時、部屋を私が
怖いものが嫌いなのを知っているくせにオカルト
一色の部屋にされたことがある。
本もすべて怖そうなものばかりになっていた。
土下座して謝ったら許してもらえたけれど、
(蔵書も傷一つなく返ってきた)あの時の
恐怖はまだ忘れられない。
私の部屋、無事だよね?
私の冒険小説、無事だよね?
従者のあいさつよりも先に
安否を確認しに行きたい。
二度とオカルトティストな部屋なんて見たくもない。
私は一旦部屋に戻ろうとしたが、向こう側から見たこともない
顔の人とぶつかってしまった。
よろけた私は、その男に抱きとめられる。
言い忘れていたが、私は十四という年の割にもかなり小さい。
なので、簡単に男は私を受け止めてしまえたようだ。
「すみません、大丈夫ですか!?」
相手の男の人が謝ってきたので、
私は顔を赤らめて頭を下げた。
ここに若い男など、あまりいない。
ひょっとしたら、新しく入った従者だろうか。
「あの、あなたもしかして……」
「ごあいさつがまだでしたね。俺は、新しく
ここで働くことになりました。
アルカ=レアンと申します」
私は彼を上から下まで眺めまわした。
私は並より小さい方だが、彼の方も背は高いのだろう。
元劇団の売れっ子だったという年配の、背が高い
メイドよりもかなり高いようだった。
見目は、良く分からないがいいのだろうか。
黒い髪に灰色の瞳をしている。
優しそうな人だなと私は思った。
と、私はまだ彼に抱かれていることに
気づいて身をよじった。
彼が慌てて降ろしてくれることを
望んだのだけれど、彼は私を降ろして
はくれそうにない。
気が付いていないのだろうか。
「あの、降ろしてください。わた……
僕はもう大丈夫なので」
危ない危ない。つい私って言うところだった。
あたしって自分を呼んでいる訳ではないから、
多分大丈夫だろうと気づいたのはこの後だった。
「あなた、女ですか?」
私の顔から血の気が引いた。
胸はさらしをまいてぺったんこにしているし
(元々そこまで大きくはないけど)、弟は
女顔だったから女だと思われても仕方がない。
私は、実は女なんだし。
でも、バレたら困るのだ。
私は必死でごまかそうとした。
「な、何言ってるんだ、僕は、男だ!!
心外だな女顔とはいえ女だと
勘違いされるなんて!!」
睨むように灰色の瞳を見つめる。
従者の男、アルカと名乗った彼は
さらに私を高く持ち上げて目線が
あうようにしたのであやうく私は
悲鳴を上げるところだった。
何で、私に仕える人って私の
言うことを全然聞いてくれないのかな?
私、この人達の主なのに……。
「本当に、あなたは男じゃないと言い張るんですね」
「だからそうなんだってば!! 僕は男なんだよ!!」
何でこんなに食い下がってくるのかな、そこまで
私の演技は下手なの!? ひょっとして何か違和感でも!?
私の背中からだらだらと汗が流れて行くのが
自分でも分かった。後で、リルカは手伝ってくれないだろうから
自分で着替えよう、と思った矢先だった。
「私の運命の相手が、男では困るな」
はい? 運命の相手? それって私の事ですか?
私の脳内がクエスチョンマークでいっぱいになった。
「サファイアの瞳、きらめく金の髪、占い通りの相手だ。
元々信頼などしていなかったが……。
本当にいたとはな」
あの~、あなた口調崩れてますよ。
さっき敬語だったじゃないですか、何で乱暴な言葉に
なっているんですか、いきなり。
私はなんだか怖くて本音を言うことができなかった。
ぞわぞわと背中が粟立つ。怖い……。
目の前の男はようやく私を降ろしてくれた。
助かったと思ったんだけど……。
「男だと言い張るなら、今ここで服を脱いで証明して見せろ」
「なっ///!?」
私の顔が火を噴きそうなほど赤くなった。
実際に顔は見えないけど、多分そのくらい赤いと思う。
動くことのできない私にアルカが近づいてきた。
「脱げないのなら、私が手伝いましょうか?」
「……っ/// 分かった、話すから!!
近づいてくるなああああああああっ!!」
絶叫した私は何でこうなったのだろうと思いながら
彼に説明するのだったーー。
私は全ての事情を彼に話すと、「絶対に他言するな」と命じた。
腹黒メイドのリルカが後にその様子を見ていた
ことを話して何故か憤慨していたが、その時の私は
それどころじゃなくてまったく気がつかなかったのだった。
「命令なんてできる立場だとお思いですか?
私が一言誰かに話せば、お家はとんでもないことになりますな」
私は一瞬、彼を鈍器のようなもので殴りたくなった。
幸い、近くにそのようなものはないので、私は
不祥事を起こさずには済んだようだ。
「聞けないのなら首にーー」
「くびにしたら全ての事情をばらします」
これからどうなるのだろう。初日から従者に正体を
見破られた私は、お先真っ暗だ。
「フィア様、どうしたのですか!?」
リルカの悲鳴のような声を聞きながら、
私はそのまま気を失ったーー。
代理とはいえ、めでたくなんとか
伯爵就任したフィア。しかし、
メイドも新しく来た従者も
言うことを聞いてくれません。
しかも、初日で正体バレました。
フィアはどうなってしまうのでしょうか、
次回もよろしくお願いします。