プロローグ ~私が代理伯爵になった訳~
私の名前はフィア・ラスティ・エドアルド。
エドアルド公爵の子供だ。
私は、今ふかふかとした椅子に腰かけながら、
苛立ったように眉をしかめていた。
この椅子は、伯爵位を継ぐもののためだけに
作られた、特別なものだ。
何故それに私が座っているかって?
それは、私が伯爵位を継ぐものだからだ。
否、性格には代理だが。
何故代理かって? それは、私の性別に関係している。
私の、本名にも。私は今、金の髪を後ろで一つに結え、
伯爵にふさわしい上等な上下に身を包んでいるけれど、女だ。
本名はフィリシアナ、フィアは愛称というか、あだ名だ。
この国ニルアニダは、基本男でなくては爵位を継ぐことはできない。
どんなに優秀だろうと、力が強かろうと、駄目なのだ。
本来ならば、ここにいるのは私の弟のはずだった。
私の双子の弟、フィアルデア・ラスティ・エドアルド。
愛称は私と同じフィア。もちろん二卵生だが、私たちは
一卵性のように似通っていた。
そのため、私は逃げ出した弟の代理としてここにいる。
父上が使用人やメイドに探させてはいるのだが、
要領のいい弟はまだ見つかっていないようだ。
そう、弟は勉強が大嫌いで乗馬やその他の運動も
あまり出来ないくせに、何故か要領だけはよかった。
私は知識欲が高く勉強も大好きで運動も得意
(言っておくが私はナルシストではない)だったけど、
要領が悪く不器用で弟とは正反対だ。
明るくて人懐こい性質の弟とは違い、人づきあいが
苦手でしゃべるのも苦手、暗くはないけど明るくもない。
これで披露の式に出るなんて冗談じゃない。
あ、披露の式というのは、爵位を継いだものが王家の者や
貴族を招いて開くパーティーのことだ。
なんと、あの馬鹿弟は披露の式に出ると言っておきながら、
招待状を送り終えてもうキャンセルできない前日に、
よりにもよって逃げ出してくれたのである。
しかも、腹心のメイドを一人連れて。
弟は昔から私にコンプレックスを持っていたらしい。
父上とおじいさまに話を聞くと、昔から
弟に私と比べる様な、弟のコンプレックスを刺激
するような話をかなりしていたらしい。
「少しは姉上を見習ってもう少し公爵家の
者らしくしろ!!」
幾度となく、そんなことを言っていたのだという。
私は愕然としたが、二人を怒鳴ったところでどうなる
ものでもなかった。
昨日、ずっとため込んでいたものを弟は吐き出したらしい。
「そんなに姉上がいいなら、姉上が爵位を継げばいいんだ!!」
弟はそう喚くと部屋に閉じこもり、しばらくして父上が
訪ねて行くと、部屋はもぬけの殻、窓が開いて逃げた後があった、
ということだ。唯一の救いは、弟が女装をしていたことから、
公式には「私」が失踪したことになっていることくらいか。
いや、よくない。私的には全然よくないが。
しかし、私の経歴や未来はどうなるのだと今ここに
いないものに怒鳴っても何にもならない。
私的にはよくないが、「公爵家」的には伯爵を継ぐもの
が逃げたという前代未聞の大事件がバレなくて
安心なのだろう。私のいないところでそんな話を
していると、腰元のリルカに聞きだした。
この娘は私の乳姉妹でとても仲がいい。
つまりは私の乳母の娘である。
「フィア様……」
私が悩んでいる間に、空は暗くなり始めていた。
きらめく星がきれいだと現実逃避をしたくなる。
腰元のリルカが気遣わしげに声をかけてきた。
私は震える手ですっかり冷めたミントティーをすする。
味なんて分かったものではない。
それでも、心を落ち着かせるために私は
それを飲むしかないのだ。
「リルカ……まだ、あの馬鹿は、フィアルデアは、
見つからないのか?」
「もうフィア様がお出になるしかないかと……」
「冗談じゃない!! 私に、あんな男どもの
相手をしろと!?」
自分でも裏返った声が出たのだと分かった。
私は別段深層の令嬢と言う訳ではないが、
そういう教育を施された事もあり、
男が苦手なのだ。誰にだって、苦手なことくらいある。
しかも、男としてそういう奴らの相手をしなくては
ならないなんてひどすぎる。
あいつらは話に聞く限りでは、辛辣で横柄で寸足らずな
やつららしい。弟がそう言っていた。
すべてが、そういう訳ではないとも言っていたが、
そんなの救いにもなりはしない。
私はリルカの人形みたいにかわいらしい顔を
涙目で睨みつけていた。ふわふわとしたクリーム色の
髪といい、ほんのり赤く染まった頬といい、
ほんとうにかわいい。だけど、中身は真っ黒黒だ。
「フィア様、お心をお決めになった方がいいのでは?」
何笑ってるんだよ、この腹黒メイド。
そんなに私の悲しむ顔がおもしろいか!?
何口元に手を当てておしとやかにごまかそうと
してるんだよ、私しか見ていないから。
ちょっとは優しいところもあると思った私が
間違いだった。いや、これでも私たちは仲がいいのだ。
彼女も仲良くしてくれているのだ。
多分……。多分、ね。
すみません、他の作品のストーリーが
浮かばなくなってきたので、気分転換に
新しい話を投稿してしまいました。
ですが、絶対に簡潔させるので、
これも見てください。