ストップ安のボケ、ストップ高の知性
スタジオの空気は、独特の「熱」を帯びていた。
大型モニターには、来月に迫った国際的なスポーツ祭典のプロモーション映像が流れている。カメラが切り替わると、司会を務めるベテラン芸人の上岡が、鋭い眼光を雛壇に向けた。
「さあ、経済評論家の先生によりますと、この大会期間中はスポーツ関連株が軒並み跳ね上がるそうですが……。どうですか、このビッグウェーブ。乗っかって一攫千金狙いたい人!」
上岡の煽りに、スタジオがワッと沸いた。
その喧騒が一段落した瞬間、雛壇の端に座るお笑いコンビ『ミスマッチ』のボケ担当・佐藤が、ゆっくりと手を挙げた。
「いやー、僕もね、もう目星つけてるんですよ。今回の大会で間違いなく『爆上がり』する銘柄」
「お、佐藤。お前、競馬以外に株もやってんのか?」
上岡が意外そうに眉をひそめる。
佐藤は自信満々に鼻を鳴らし、カメラを指差した。
「ズバリ、『痔の薬』を作ってる製薬会社の株です。これは固い」
一瞬の静寂。
次の瞬間、上岡の鋭いツッコミが飛んだ。
「なんでだよ! 選手がハードな練習で尻でも腫らすんか! どんな過酷な競技想像してんねん!」
「違いますよ上岡さん、ファンの方ですよ」
佐藤はさも当然といった顔で、椅子に座るジェスチャーを加えながら続ける。
「みんな、熱狂してテレビにかじりつくでしょ? ずっと座りっぱなしで応援するじゃないですか。動かない、でも興奮して血流は激しくなる。結果、お尻への負担がクリティカルヒット。日本中が『座りすぎ』で、お尻のレスキューを求める……。ほら、需要のサンライズが見えませんか?」
「見えるかボケ! どんな経済予測やねん。もっと爽やかにスポーツを楽しめ!」
スタジオが爆笑に包まれる中、上岡が「ったく……」と頭を振った。
その隣で、清楚な紺のワンピースに身を包んだ現役大学生アイドル・一ノ瀬舞が、人差し指を顎に当てて小さく頷いていた。
「……でも、佐藤さんの視点、あながち間違いじゃないかもしれません」
凛とした声がスタジオに響き、カメラが舞を捉える。彼女は難関大学に通う現役大学生としても知られる、グループきっての知性派だ。
「えっ、一ノ瀬ちゃん? まさか今の『お尻理論』に乗っかるの?」
上岡が呆れ顔で聞くと、舞は上品に微笑みながら言葉を続けた。
「いえ、さすがに痔の薬に一点張りはしませんけど……。でも、普段運動しない層が急に感化されて体を動かしたり、逆に長時間応援で同じ姿勢を続けたりすることで、『湿布』や『消炎鎮痛剤』の需要は確実に伸びると思うんです。いわゆる『にわかアスリート特需』ですね」
「……にわかアスリート特需?」
「はい。中継を見て『よし、俺も明日からジョギングだ!』と張り切ったお父さんたちが、翌日に膝や腰を痛める。あるいは、佐藤さんが仰ったように、長時間観戦による血行不良からの肩こり。スポーツ用品そのものより、その『余波』をケアする薬品メーカーの株価に注目するのは、投資戦略としてはむしろ堅実かもしれません」
一ノ瀬舞が淡々と、しかし説得力のあるトーンで語り終えると、スタジオの空気が一変した。
佐藤の突拍子もないボケが、彼女の「インテリジェンス」というフィルターを通した途端、妙な現実味を帯びてしまったのだ。
「……おい、佐藤」
上岡がボソリと呟く。
「お前の汚いボケが、一ノ瀬ちゃんのせいで『鋭い経済予測』みたいに聞こえ始めてるやんけ。営業妨害やぞ」
「あ、これ僕の株も上がっちゃいます?」
佐藤が調子に乗って身を乗り出すと、上岡はすかさずシャットアウトした。
「お前の株は万年ストップ安や! 次行くぞ、次!」
華やかなセットの裏で、モニターの数字が激しく動いている。
祭典の足音は、意外な場所にも熱を運び込もうとしていた。




