第8話
「なあおっさん、いつまでそんな顔してるんだよ」
翌日、ギルド酒場。
ダンスは黙りこくったまま、カウンターに残ったジョッキの水滴で何か模様を描いている。隣に座ったパイパーが何度も話しかけるが、表情はさえないままだ。
先日の任務は、いや自分がこれまでやってきた任務はいったい何だったのか? その上でさらに気になるのが、キティアラが何を考えているかだ。
「指名した甲斐があった、か……」
キティアラがなぜ自分を指名したのか。そして、魔術院に呼び出してあの報告の様子を見せたのはなぜか?
「なあ、おっさん。キティアラに呼び出されたんだって? あれから様子が変じゃんか」
――わからない。だが、わからないままにしておくつもりはない。
「パイパー、ちょっと来てくれ」
ダンスがやおら席を立つと、パイパーは無言でその後を追った。
「ダンスのことだから……魔術院に喧嘩を売るようなことはしないだろうさ」
2人を見送ったボガードは、そう独りごちながら身を乗り出し、ダンスが座っていたカウンターを拭き上げた。
◆◆◆◆◆◆◆
ギルド酒場の裏手に回ると、ダンスは足を止めてパイパーの背後をうかがい、人影がないことを確かめた。
「今から言うことは、誰にも話すなよ」
「まかしといてよ!おれ、意外と口は堅いんだぜ」
意外と、って程度じゃ困るんだがな……と思うダンスだが、やはりこの件について話すならパイパー以外は考えられない。ボガードの方が付き合いは長いが、彼にはギルドとしての立場もあるだろう。
ダンスは、魔術院での出来事とキティアラとの対話を、かいつまんで語った。
「喪失と回復って、何なんだよ?」
パイパーがまずひっかかったのはそこだった。見事な機転と弓さばきでダンスの危機を救った彼にしてみれば、その功績が「喪失と回復」というよくわからない定義に置き換えられるのは納得できないのだろう。
「確かにおかしい。それと『数』だな。9引く8は1、ってやつだ。キティアラもそうだったが、魔術院は牛も人間も同じ『数』として計算して、台帳に書き込んだ。それらが変貌したことを喪失と呼んだとすれば、回復というのは何なんだ」
ダンスは言葉を切った。確かに魔術院の姿勢には嫌気がさすが、ことはそれだけで終わらない気がする。
「あとさ、おれが気になるのは『壁』の見回りだよ。今回の任務はさ、ダンジョンに潜って壁の点検をするはずだったじゃん? おれたちはそれをしないで帰ってきた」
そう、言ってみれば任務を果たさずに帰ってきた。冒険者としてあそこで撤退の判断をしたことは間違っていないと確信しているが、一方で任務失敗へのペナルティは覚悟していた。だが、それには何のお咎めもない。
――やるか。もう、わからないままに命がけの仕事をするのはたくさんだ。
「パイパー、頼みがある。魔術院に忍び込めるか」
パイパーは無言で、だがしっかりと頷いた。
「正面から聞いたって、何も出てこない。そもそも魔術院にとっては、おれたち冒険者なんて台帳の端っこにも載らない、ゼロなんだよ」
ダンスはゆっくりと言葉を継いだ。
「魔術院とギルドのあいだで取り交わした契約書があるはずだ。それを見たい。……しくじったらまずいことになるが」
「いや、任せてくれ。弓だけの男じゃないことを証明する」
パイパーは、再びしっかりと頷いた。




