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第24話

 ダンスたち一行は『壁』を越え、ディゴの牧場を目指して歩いていた。道のわきには背の高い雑草がはびこり、かつて『壁』の内側だった頃からは想像できないほどだ。

 

 パディルは二日酔いで頭が痛いと始終訴えているが、キディアスには時間がない。サイバルダ院長は「次の異動で内勤だ」と言っていたが、その「次の異動」とやらがいつになるか、わかったものじゃない。


 院長が本気でキディアスを止めようと考えるなら、いつ内勤の身分になってもおかしくない。内勤になれば、魔術院の施設内にある宿舎に寝泊まりしなければならず、『壁』の調査どころかダンスたちと気軽に会うことすら難しくなってしまうのだ。

 

「でもさ、キディアス。よく踏ん切りがついたよね。おれの記憶だと、昨日は『もうダメだ』って感じだったじゃん」

 とパディル。酒場での会話は半分ほどしか覚えていないようだ。


「さっきも言っただろう、パディルのおかげだって」

 応じるキディアスの表情は明るい。すべてをあきらめた捨て鉢の明るさではなく、本来の目的を取り戻した明るさだ。

 

 おれそんなにカッコいいこと言ったかな、覚えてないんだよなとくどくど繰り返すパディルは放っておくとして、ダンスはキディアスに声をかける。今日の目的を再確認しなくては。

 

「今日はドルグの村を目指す、でいいんだよな。村人たちは友好的とは限らない、危険もあるが」


「承知の上さ。いや、二人を巻き込んでおいてこんな言い方はおかしいのだが」


 キディアスは几帳面に答える。このキディアスの真っ当さが、ダンスにとっては好もしい。と同時に、あの魔術院で生まれ育ちながら、よく歪まなかったものだと感心する。

 

「気をつかうなよ、今さら……」


 ダンスが言葉を継ごうとした瞬間、甲高い指笛の音が周囲に響き渡った。「待ち伏せだ!」とパディルが叫ぶが、主導権はすでに相手側にあるようだ。いつの間にか、ダンスたちを囲むように弓を構えた人影が3人。そして背の高い雑草をかき分けるようにして、リーダーらしき女が姿を現した。

 

「手向かいは無用じゃ。わかるな」


 古びてはいるが丁寧に手入れされた皮鎧を身にまとった女は、20代前半だろうか。栗色の長髪を後頭部でひとまとめにしている。古風な言葉遣いもあいまって、落ち着き払った態度からは貫禄すら感じさせる。弓を構えた村人たちの狙いは、狂いなくダンスたち3人に向かっている。

 

 ダンスは両手をゆっくりと頭の高さまで上げ、手のひらに何も隠していないことを明かして敵意がないことを示すと、女に向けて語りかける。

 

「ドルグはいるか。村で3番目の弓の使い手と聞いた」


 女と村人たちは黙っている。弓弦を絞る、キリキリという音だけが響いた。

 

 もしかして、何かとてつもない失敗をしたのでは? このまま撃たれて終わりなのか? ダンスの腋の下を、冷たい汗がつたう。

 

 長すぎる沈黙。ダンスはなすすべもなく女の顔を見つめていた。女の表情が徐々に変わっていく。ダンスは覚悟を決めた。

 

 と、いきなり笑いの渦が爆発した。女は手で顔を覆って噴き出し、村人たちは弓を下ろすと我慢できずに腹を抱えて笑っている。

 

「村で3番目!実にあいつらしい強がりよな。村一番と言わなかっただけマシというものじゃ」


 涙が出るほど笑ったあと、女はダンスに向かってそう言った。


「じゃが、そう言ってくれたおかげで、おぬしらが本当にドルグと出会った3人だとわかった。あいつはいつも飛んでもない大ボラばかり吹くが、今度ばかりは本当だったというわけじゃな」


「やれやれ、助かった……のかな」

 ダンスが両手を下ろすと、キディアスとパディルもほっとしたように後に続く。


「わえの名はレキサ。わえらはおぬしらを探しておった。村長に会ってもらうぞ」


 女はそういうとダンスに近づき、慣れた手つきで剣と短剣を取り上げた。パディルは不満顔をしながら弓と矢筒を村人に渡す。キディアスには誰も近づこうとしなかったが、リーダーの女が手荒な手つきで身体を改め、武器を持っていないことを確認する。

 

 素手になって心もとない思いをしているダンスにキディアスが近づく。

 

「落ち着け、ダンス。これくらいは想定内だろう」


「そりゃそうだが、あまり気持ちのいいものではないからなあ」


 ドルグの村を探す、といっても雲をつかむような話。相手側から接触を求めてくるのが一番だ……と、あえて自分たちの姿を隠すことなく移動していたダンスたちにとっては、願ってもない形での邂逅となった。

 

 キディアスは期待に目を輝かせているが、ダンスとパディルは頼りの武器が手元にないという不安から浮かぬ顔だ。


「さあ、『壁』の向こうでどうやって生きているのか。いよいよその謎に向き合う時だな」


「おれの弓、ちゃんと壊されずに返ってくるかなあ?」


 しばらく歩くと、行く手にぽつぽつと建物が見えてきた。ディゴの牧場の建物は不気味に歪んだ形に変貌していたが、この村の建物は素朴でこそあるもののいびつな変貌の痕跡は見られない。


 レキサはキディアスを振り返って言った。

 

「わえらの村にようこそ、壁守よ」




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