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第20話

 ご苦労なことだな、と思いながらドゥパルドの部屋を後にしたダンスは、ロビーの壁際に腰掛けなのか装飾なのか判然としないくぼみを見つけると、そこに腰を据えた。ロビーの中央には大きな正方形のテーブルと豪奢な椅子が4脚あるが、そこに居座るほどダンスの面の皮は厚くない。

 

 ロビーを彩る彫刻や壁画を見るともなしに眺めていると、荘厳な鐘の音が響いてきた。どうやら魔術院の仕事が終わる時間帯らしい。ロビー中央の椅子とテーブルには受け持ちの部屋から出てきた4人の魔術師メイジがくつろいでいた。1人がローブの袖から小さなベルを取り出して鳴らし、黒ローブの吏員を呼んでお茶の支度を言いつける。これが彼らの仕事上がりのルーティンなのだろう。

 

「さて、今日も諸君らに『壁』の恵みあれ」

「ああ、『壁』の恵みあれ」

「『壁』の誉れあれ」

「うむ、『壁』の誉れあれ」


 4人はさわやかな匂いを放つ香草茶のカップを掲げ、お互いをいたわりあった。声からして、ダンスに横顔を見せる向きで座っているのがドゥパルドのようだ。


「『壁』の恵みか。ドゥパルドよ、今日はとんだ災難だったな」

「災難とな? おや、我らの同志ドゥパルドにどんな苦難が降りかかったのかな」


 魔術師メイジたちはひそやかに笑った。「どんな苦難が」なんて言っているが、実際に何があったのかは誰もが知っている、というわけだ。そういう遠回しの会話を楽しむのが、彼ら魔術師メイジの流儀ということだろう。

 

「苦難だなんてとんでもない。あのキディアスがちょっとした報告をしてきただけだ。『壁』の外で人間に出会ったとな」


 ドゥパルドが苦々しさを押し殺した声音でそういうと、魔術師メイジたちはおう、と驚きの声を上げて見せた。


「『壁』の外に人間が。それはそれは。魔術院で聞いた冗談の中で、一番出来がいいかもしれんな」

「魔術院始まって以来の秀才といわれたキディアス嬢が、そんな突拍子もないことを」

「あり得ないものを見るようでは、せっかくの黄金の瞳も真鍮色のガラス玉と変わらんということだな」


 魔術師メイジたちはそう言って、のどの痛みによく効くとされる香草茶を飲み干した。

 

「しかも、キディアスは上訴に及んだのだろう?」

「なんともはや、上訴とはね。そんなことが現実に起きるとは、長生きはするものだな」

「上訴ということは、キディアスは担当のドゥパルド殿の記録は信用できんと判断したということ。ことの真偽はさておき、ドゥパルド殿の人事記録には明確に傷がついた」

「魔術院の誇り、とっておきの切り札、秀才キディアスにとんでもない報告をされ、あまつさえ上訴までされて。これはもう、ドゥパルドにとっては」

「災難よなあ」


 3人の魔術師メイジは声をそろえてそう言うと、上品にくすくすと笑った。「災難だ」などと言いながら、ドゥパルドを慰めるでもキディアスを責めるでもなく、ただただ状況を面白がっているだけ。彼らに合わせてへらへらと笑っているドゥパルドが、ダンスには少し気の毒に思えてきた。


 ティータイムが終わり、魔術師たちが姿を消したロビーに、キディアスが戻ってきた。ドゥパルドの部屋で見せた高揚した表情は姿を消し、いつも通りの冷静な面持ちだ。

 

「待たせてすまんな、ダンス。これから時間あるか」


 無駄口は叩かないキディアスの語り口に接して、ダンスはほっとしている自分に気がついた。同時に、この魔術院の中でこれまで生き抜いてきたキディアスの苦難を想像してげっそりした。

 

「どうした、ダンス。しけた顔してるじゃないか」


 とはいえ、最近のキディアスは、ちょっと言葉が砕けすぎじゃないか。それとも、こっちの方が性に合ってるのかもしれんな。


「そうだな、場所を変えよう。保守局の酒場でいいか」


 ダンスがそう答えるとキディアスは力強く頷き、ダンスの腕を軽く二度叩いた。



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