第18話
自分たち魔術師は、いったい何なんだ――。
自問したまま立ち尽くすキディアスを横目で見ながら、ダンスはパディルに声をかけた。
「荷物をまとめろ。急いでここを離れる」
もし、ドルグの村人たちが牧場に迫っているとしたら。パディルは黙って頷くと、組み立て式の弓を分解してバックパックの側面にくくりつけた。ダンスも丸盾を背中に固定し、両手を空けて動きやすくする。
「キディアス、行くぞ」
ダンスの声に、キディアスはゆっくりと振り向いた。紫のローブがはためき、袖に施された金糸の刺繡が光る。
「……いいだろう。今は去るべきときだ」
パディルに促されたキディアスは、ダンスに続いて階段を降りていった。
3人は小走りで、無人の廃墟と化したディゴの牧場を後にした。不気味にゆがんだ母屋に降り注ぐ日差しは、すでに夕暮れの色を帯びている。
「よし、『壁』についた。越えるぞ。キディアス、『壁防御』の礼式を頼む」
とダンス。強行軍の甲斐あって、予想よりも早い到着だった。
「いや……」
キディアスはわずかにためらいを見せる。額ににじむ汗は、歩き疲れたせいだけではない。ダンスはキディアスの肩に手を置いた。
「今は迷っている時でも、何かを試す時でもない。礼式を頼む」
揺るぎのない声音でキディアスを促すと、ようやく彼女は両手を掲げ、礼式を施す身構えに入った。ダンスは少し離れて、その様子をじっと見つめる。キディアスの両手が複雑に動いて複雑な図形を描き、口の中では呪文を唱えている。
「これで完了した、はずだ」
口ごもりながら、キディアスはダンスを振り返った。ダンスはそんな彼女に向かって力強く頷くと、パディルを呼び寄せる。パディルは小走りで近寄ってきた。
「お前が先頭、おれが最後尾だ。今度こそ気をつけろよ」
パディルの腕を軽く叩くと、ダンスは2人の装備を改めて確認した。よし、ゆるんだヒモも外れた金具もない。準備万端だ。
「行くぞ」
ダンスはパディルを促し、3人は『壁』へと近づいていく。夕陽がダンスたちを背後から照らし、長く伸びた影は『壁』の向こう側にまで達している。
――もし『壁』が目に見えたら、さぞかし絶景なんだろうな。
透明な『壁』に近づきながら、ダンスはふと考える。太陽の光も、吹きすさぶ風も、叩きつけるような雨だって、本当は『壁』の向こう側で起きるできごとだ。『壁』は自然の恵みを妨げず、人間に害をなす者だけを拒んで、人々の生活を守っている。
これまで、ダンスはそう信じていた。パディルも、キディアスだってそうだろう。だが、そこにはすでに疑いのヴェールがかかってしまった。
――そうか。おれたちと世界のあいだに『壁』があるのと同じことか。おれたちはもう、無邪気に『壁』を信じることはできなくなってしまった。
パディルとキディアスに続いて『壁』をかき分け、押し入りながら、ダンスは考えを巡らせていた。昔から感じていたこの違和感、何度経験しても慣れないこの感覚が、今のダンスにとっては恐怖へと変わりつつあった。
『壁』はいったい何なのか。我々を守らないのだとすれば、その目的は何なのか。
首の後ろの毛が逆立つのを覚えながら、ダンスは『壁』を渡り切った。キディアスがこちらを振り返る。その表情は、まだ沈んでいるように見える。
「ダンス、街に戻ったら魔術院に報告に行かなければならん。明日で構わんのだが、付き合ってもらえないか」
「もちろんだ、キディアス。ここからは急がなくてもいい。ゆっくり帰ろう」
ダンスは笑顔を作り、2人に頷きかけた。街に無事に戻るまでが外縁保守局の仕事だ。それをおろそかにするようでは、リーダー失格だからな。




