第16話
ダンスは2階へと続く階段を、姿勢を低くしてゆっくりと登る。ギシギシと軋む階段の先には、大人の背丈ほどの両開きの扉が立ちはだかっている。扉の奥からは足音も身じろぎする音も聞こえず、静まり返っている。
階段の中ほどで身を伏せ、もう一度扉の様子をうかがう。
中にいるのは何者か。一瞬脳裏に「肉柱」がよぎるが、ダンスはそれを振り払う。相手は弓だ。つまり変貌しきってない人間、元保守局員か。
中に動きがないのを見極めると、ダンスは一気に駆け上がって全体重を乗せ、構えた盾ごと扉に体当たりをかける。射手が何者であろうと、相手の間合いで勝負はしない。
扉はあっさりと開き、ダンスはたたらを踏んでつんのめるように部屋に走り込んだ。
「武器は捨てるぞ!降参だ!」
小さな人影が、手に持っていた弓と矢筒を床に放り出すと両手を頭上に上げた。
喋っているだと? 人間なのか? あり得ない!
盾を構え、目を見開き、中腰で動きを止めたダンスの目の前で、その小さな姿は両手を上げたり下げたりしている。10歳になるかならないかの男の子だ。
「兎か狐と思ったのは空目か。いやはや、どこかおかしいと思ったのだ」
驚きで声も出ないダンスに対し、その少年はちょっとおかしな言葉で喋り続ける。
「まっこと、壁の向こう側にも人間がおるのだな。爺の寝物語にも真実はあるということ」
腕組みをして、何度も頷いてみせる少年。いたずらを見つかった子供のような身振りとは、重々しい言葉づかいはあまりにちぐはぐだ。
「その言葉づかい、ずいぶん古いな。老人が使う言葉に似ている」
まだ固まっているダンスを横目にしながらキディアスが室内に入ってくる。パディルは部屋の入口に立ち、しきりに右肩を気にしている様子だ。
そのキディアスに気づくと、少年の目の色が変わる。
「卑しい壁守め!近寄るな!」
手近にあった皿をつかむと、キディアスに投げつける。皿はキディアスの肩に当たると、砕けて床に落ちた。キディアスは一瞬目を見開いたが何も言わず、そのまま立ち止まった。代わりにパディルがダンスの傍らに近寄ってくる。
先ほどとは打って変わった激しい反応にあっけにとられたダンスだが、おかげでなんとか自分を取り戻した。
「よう、お前。名前はなんて言うんだ。おれはダンス、こっちはパディルだ」
床に座り込んだダンスは自分の名を名乗り、少年に問いかけた。
「わしはドルグという。ダンスに、パディルだな」
少年はにやりとうなずいた。
「ところで、あの壁守はおぬしらの連れか。というか、あれは壁守よな? わしも初めて見るのだが」
と、ドルグはドアを背にしたキディアスに向けて顎をしゃくった。妙に爺くさい喋り方以外は、精一杯背伸びしている子供にしか見えない。
「壁守か。なぜ、その呼び名を知っている」
キディアスは床に散らばった皿の破片を踏みつけながら、部屋の中央に進み出た。黄金色の視線が、ドルグに突き刺さる。
「ドルグ、お前はどこから来た。何者だ」




