第13話
「よし、パイパー。『壁』の話をしよう。まず、お前に質問だ」
キティアラは笑みを含んでパイパーに問いかける。ダンスとの間で生まれた緊迫感は、煙のように消えていた。前哨地の炉には暖かな焚火が燃え、明るい光が満ちている。
「まず、『壁』の大きさだ。知っていることを教えてくれ」
パイパーは唇を尖らせた。
「ちぇっ、先生と生徒みたいだな。歌にもあるだろ……」
『壁』の高さは20ミル 魔術院の塔より高く
『壁』の広さは12キル 街も野原も山まで囲む
街が卵なら『壁』は殻 優しく包んで抱きしめる
ダンス自身も、子供のころからこの童謡を聞かされ、歌わされて育ってきた。『壁』はそれこそ卵の殻のように、ダンスたちが住む町や郊外の農村、牧場、そして森や川までを包み、すべてを守っている、と教えられてきた。
「よくできました。次は『壁』の性質だ」
パイパーは拗ねることもなく、質問に答えている。キティアラには教師の素質があるのかもしれない。
「『壁』は透明で、太陽の光も雨や風も通す。だが、人間の敵だけは通さない。だから、おれたちは『壁』に守られて平和に暮らせるんだ……だろ」
「その通り。で、その壁を維持し、保守するのが私たち魔術院と、お前たち冒険者、というわけだ」
「そして、そこに疑問符が付いた。キティアラ、本題に入ろうじゃないか」
ダンスはたまらず口をはさんだ。キティアラ先生の『壁』教室に、いつまでも付き合ってはいられない。
「すまん、ダンス。でも時間稼ぎをしているわけじゃないんだ。情報の共有をする前に、まずはそれぞれの意識を合わせておかないとな」
そう言われれば、ダンスにも思いあたるところがある。魔術院での出来事を見ていなければ、あの台帳を読んでいなければ、「『壁』に疑いがある」と言われても相手にもしなかっただろう。
「パイパーが教えてくれたのは、『壁』の常識だ。この常識の上に、私たちの生活は成り立ってきた。そうだ、80年前まではな」
80年前、台帳からは『壁』の修復の記録が消えた。
「それまで修復が必要だったものが、あるとき突然不要になる。そんなことはあり得ない。剣だって研がなきゃ切れなくなるし、革のブーツだって手入れしなけりゃすぐボロボロだ」
ダンスは一息にまくし立てた。
「しかも、さっき言ったよな。『修復の礼式だけが効かなくなった』って。もしそれが本当なら」
「『壁』が、もうおれたちが知ってる『壁』じゃないってことだ」
普段の軽口とは違う、重々しい一言がパイパーの口からこぼれた。ダンスは息をのみ、キティアラは金色の視線でじっとパイパーの目元を見つめた。
「さっき、『壁』の広さは12キルって歌ったけど、今も本当にそうなのか? 高さは? 水中や地面の中はどうなってる? なにより……」
「『壁』は、まだ人間を守ってくれてるのか?」
いつもの早口を取り戻したパイパーの唇から洩れた決定的な一言が、目の前にある焚火の熱も明るさも奪い去っていく。前哨地の石壁が遮断していた夜の暗さと闇の冷たさが一気に押し寄せてきたのを感じ、ダンスは思わず身震いした。




