第12話
前哨地の炉には、赤々と炎が踊っていた。
キティアラが指定した「3日後の夜明け」の前の晩。夜歩きを避けようと、ダンスは前日の夜から前哨地に泊まり込むことにしていた。
パイパーにも同行しないかと声をかけたが、「おっさんと違って、若者なんでね」とあっさり断られた。確かに、ダンス自身もパイパーの年齢の頃は、必要とあれば夜だろうと朝だろうと歩いたものだ。
「夜の寒気が骨身にこたえる、なんてのは年寄りの証拠だよ」
今回は公式に依頼された任務ではないので、前哨地に蓄えられた物資は使えない。ダンスはそれを踏まえて、ここまでの道すがら焚き木を拾い集めながら歩いてきた。物資は使い込んだってバレないんだろうが、そこは性格ってやつだ。パイパーには笑われるかもしれないが。
――前回ここで火を眺めていたときとは、変わったもんだな。
メラメラと燃える炎を見ながら、ダンスは物思いに沈む。キティアラとの出会い、『壁』崩落での牧場壊滅、そして魔術院……。壁に踊る火影が、『壁』の歴史を記した台帳のページを思い出させる。
「パイパーを巻き込んだのは、良かったのか悪かったのか、だな」
まだ経験の浅いパイパーにとっては、『壁』を巡る常識がひっくり返ったという事態はそれほどショックではなかったらしい。
「正直、『壁』のことは実感ないんだよね。まだ補修の任務に就いたこともないし」
若いやつは気楽でいいよな、とため息をついたところで、前哨地のドアが軋みながら開いた。
「なんだパイパー、結局来たのかよ……」
ドアを開けて入ってきたのは、白い髪、銀色の肌、黄金の瞳のローブ姿。
「なんだ、ダンス。一人か」
「キティアラ、あんただったのか」
物珍しさが勝った初対面のときとは違った距離感が、二人の間に生まれていた。
「……座ってくれ」
わずかな荷物を壁際に置くと、キティアラは炉の前に腰を下ろした。キティアラの視線は、ダンスの目を正面から捉えている。ダンスはひるむことなく視線を返し、口を開いた。
「キティアラ。あんたの目的はなんだ。おれたちを引っ張り込んで、何をしたい」
キティアラの金色の瞳は、変わらずダンスの目に注がれている。
「今はまだすべてを話すわけにはいかない。だが、お前たちと同じ疑問を抱いているのは確かだ。『壁』は本当は何なのか、だ」
ダンスはふと前哨地の壁に目をやった。石の壁は、明るく暖かい室内と冷たく暗い屋外を隔てている。『壁』も同じで、文明と野蛮、安全と危険を隔て、人々を守っている……。
「おれは『壁』をそういうものだと信じてきた。だが魔術院による補修が嘘だとわかった今、もう何も信じられない」
「私は魔術師として生まれ、命じられた任務を果たす上で疑問を抱いた。他とは違い、『壁』を補修する礼式だけは、まるでただの儀式のように効果を生まないのだ。これはいったい何なのか」
キティアラは目を伏せた。その黄金の瞳には、これまで見たこともないような翳りが浮かんでいた。
「にも関わらず、魔術院は平然と『壁』の補修を任務として命じてくる。しかも任務の結果は何も問われない。台帳に記録されるのは、お前たちも知っている通り喪失と回復だけだ」
「キティアラ。80年前、『壁』の補修が行われなくなったのはなぜだ? 何があったのか、知っているのか?」
あれからずっと胸に残っていた疑問だ。ダンスは絞り出すような声で訊いた。
「はっきりとはわからない。まだ調べているところだ。だが……」
また、扉が開く。今度こそ、パイパーの明るい声が響いてきた。
「いよう、ダンスのおっさん! まだ起きてる?」
調子よく扉を開けて入ってきたパイパーだが、キティアラの姿を見て立ち止まった。
「いたのかキティアラ。そうだ、『壁』のこと、教えてくれよ。情報は何でも共有するんだろう?」
ダンスとキティアラは、目を見合わせると思わず吹き出した。
「いいだろう、パイパー。『壁』のこと、そして私が何を疑っているのか、話してやろう」




