第10話
じめじめとして埃っぽい部屋は窓もなく、ドア以外の三面の壁にはびっしりと書類綴りが詰め込まれている。こちらから見える背表紙には、どれも古びた書体で「壁」で始まるタイトルが書かれている。「壁/管理」「壁/調査」「壁/喪失」「壁/回復」「壁/実験」……。
だがダンスの目は、部屋の中央に置かれた机に吸い込まれるように向いた。
そこには鋳鉄で補強され、大の大人でも2人がかりじゃないと動かせなさそうな、馬鹿でかい台帳が置かれていた。本のつくりはしているものの、持ち歩いたり本棚に納めたりするものじゃない。記録と数字を溜めこむためだけに作られた……勘定原簿だ。
「これだな」
ダンスは両手で表紙を持ち上げ、ドサリとページを開いた。最初に目に飛び込んできた日付は、200年も前のものだ。
「壁、点検……ええと巡察、かな。昔の言葉は難しいよな」
肩越しに覗き込んでいたパイパーがぼやく。細くかすれるような筆跡は確かに読みづらいが、200年前にも魔術師と冒険者が『壁』をめぐる任務に就いていたことが読み取れる。
「重要なのはここだ」
ダンスが指さした先は、「補修」と書かれた項目だった。そこには、魔術師が壁の修理にあたった経緯が書かれている。
「ええと、どうやらこのときは修理中に襲撃を受けたみたいだな。……冒険者の喪失3、残存1か。また数字だ」
「壁を守るために命を懸けるのが冒険者の役目だけどさ、この扱いの悪さは大昔から変わらないのかよ」
パイパーが呟いたとおり、冒険者の死でさえ数字で数えようとする魔術院の冷淡さは今とも通じるものがある。
だが……ダンスは言葉を飲み込んで台帳に手をかけ、一気に数十ページめくった。台帳を綴じる金具が軋み、埃が舞い散る。
125年前、補修は行われている。108年前、同じ。
84年前の報告書、「補修」の欄は空白だった。口の中がカサカサに乾いていく。
63年前、空白。45年前、空白……そして最新ページにあたるダンスたちの任務に至るまで、「補修」の欄には何も書かれていなかった。
カチリ、とドアが閉まる音がした。顔を上げたダンスの目に映ったのは、ローブの奥の金色の瞳、そして銀色の肌。
「やっとここまで来たな、ダンス。そしてパイパーも」
後ろ手にドアを閉めたキティアラは、二人に薄い笑みを向けていた。
「読んだんだな。――で、どうする?」




