【景色 五:夜襲】
吹たちを照らしていた半月は、弥平達の郷、ヨダ郷も照らしている。
この郷は田畑の間に民家がある構成だ。
だがそれなりに大きな郷なので寄合や祭りを行う広場があり、妖たちはそこに構えている。
ヨダ郷は明確な郷長というのがおらず、宗主であるシナノから代官が駐在するけれど、今は不在との事だ。
代官とは言え、業務は年貢をまとめたり、いさかいを収めたり、名藉を確認したりする程度なので常駐している必要が無く複数の郷をかけ持っているとの事だ。
その代官屋敷、屋敷と言うには少々あれだ。
代官の仮宿に郷役場の機能がついた建物に取りあえず郷の者を集められる程度の広場がある。
秋祭り等もそこで行われる。
弥平達がスワに向かった頃より事態が進展しているだろう。
だが夜なお睨み合っているならば、想像の範囲では決して悪い状況ではない。
個別の安否は気になる処だが、今はそれを確認できない。
確認するためにも中に入らなければならない一行は歩を進める。
遠目に郷衆の物であろう篝火が見える程度の位置にまで吹たちは来た。
郷の入り口で様子を伺う分には、均衡が続いているように見える。
「郷の方々、頑張っているようね」と吹
「・・・そだか」と弥平、険しい顔だが少し安心したようだ。
ここまで敵襲が無かったのは僥倖だった。
警戒はしていたが、正直奇襲されては堪らない。
「行きましょう、ゆるゆると」
夜襲というと静に速くという奇襲が通常の動きであろうが、吹の段取りは「正面から、堂々と声高らかに」であるという。
吹の覚悟を決めているが、弥平も開き直らざるを得ない。
弥平からすると女房子供の居る郷を捨てるなどと言う選択肢はない。
「弥平さん、平吉さん行きます」
吹は手に持った鈴を歩調に合わせ鳴らし始め、その調子に合わせ弥平と平吉も鳴らす。
今宵は半月と明るい。
目を凝らせば割と遠くまで見えるが、郷衆の篝火で妖たちも夜目を曇らされていた。
郷衆も妖たちの対応で疲れていたが、妖たちも無尽蔵の体力を持っているわけでないようで暴れ続けるわけにはいかない。
この辺りは獣相手と大差ないようだ。
広場で睨み合う郷衆と妖たち。
潮と見た吹は鈴をしまい、横笛を出した。
緊張を引き裂いたのは甲高い笛の音だった。
吹が横笛を高らかに鳴らし、妖と郷衆の注意を引き付ける。
弥平と平吉も驚いた顔で耳を抑えている、横笛が初めてなわけではないがこんな高音が鳴るものか?
お香も耳を塞いでいるがこちらは薙刀を小脇にし前を睨んだままだ。
不意の笛の音に妖も郷衆も笛音の方に注目する。
「さあさ待たせた皆の衆!」と吹が音声を上げる。
笛を懐にしまい、再び両手に鈴を持ちシャラシャラ鳴らしつつ。
「郷を襲いし妖を、畑を荒らす妖を、討って祓って見せましょう!」吹は芝居の興行師のような音声だ。
「弥平さん」と吹は弥平にうながす。
「み、み、みなぁ!弥平じゃ!たた助けが来たぞぉ」声も大声上げたりするのは日頃の慣れが必要だ弥平の声は
裏返ったりかすれたりとしたが頑張った方であろう。
一つには郷の者の声で同じく郷の人たちの信を得るため。
「もうじき!スワからの助けも来まぁす!」と吹が続ける。
何事かと思っていた郷衆たちも見知った者の声と”スワの助け”という希望で活気がわく。
と同時に妖たちも状況を理解したようだ。
付喪と言われる壊れた道具類の妖、器や車輪、鍬や鋤大きな物では大八車や畳などが襲ってきた。
お香を先頭に右に弥平左に平吉、両手に鈴を持った吹が中央で踊り始めた。
鈴をならし、地を踏み、くるくると舞う吹。
寄せてくる付喪をお香が薙刀の柄で払う
「弥平さん、平吉さん、よろしく」吹が小さく伝える
「おおおう」と弥平と平吉は郷に消えた。
”段取り”を実現するのだ、平吉はべー子を引いていく。
正面に代官館、広場、そこに構える妖たち、付喪に続いて大百足がこちらに寄せてきた。
残念ながら狙い通り、郷衆から吹に狙いが移った。
鳴り鳴らして近づけばそれはそうだろう。
見える所では付喪と大百足、大蜘蛛。
図体と妖気から見て取れる感じでは、強い。
昼間の般若も強かったが、こちらは数がいる上に大蜘蛛のまとう妖気は般若より大きく見える
一言でいうなら”やばい”
だけど乗り掛かった舟、もうやるしかない。
鈴の音を強くし、お香の背後で舞う吹は清い風を呼んでいる。
妖の穢れを祓う風、清めの風。
妖は穢れの存在、穢れを祓えば弱くなる。
簡単というわけではないが、吹には成せる。鈴の音と神楽舞で祓いの風を呼ぶ。
呼ぶが、すぐと言うわけにはいかない。
さなかに敵も襲ってくるが、そこを防ぐのがお香だ。
昼間の般若戦でも同じ構図だったが、吹が清めの風を呼び、その間お香が時を稼ぐ。
風が整い、清めが穢れを祓えるようになれば攻撃に転ずる。
だが今は夜、妖の時間だ。
しかも妖の襲撃によって穢れが郷を覆っている。
要は郷の者たちも、不安であり、困っており、疲れており、怒っているのだ。
穢れとはそういった負の感情に寄ってくる
今吹が鈴を鳴らし舞を舞っても般若と対峙した時のような風を呼ぶのは難しい。
せいぜいお香と吹の周りの穢れを薄くする程度だ。
ならばどうするか。
耐える。
舞う吹を守りつつ、付喪をはじき百足をいなす。
中々に難しいが吹が穢れを祓うおかげで妖の力も弱まる、吹の周囲六尺という所か。
今の所負けはしないが、勝てもしない状況だ。
らちが明かない、と吹は思う、体力比べの我慢比べになりそうだ。
敵に数がいる以上、このままでの事態の好転は期待できないだろう。
しかしこの状況は想定内、逆転の策はある。
あるには、ある。
「お香さん、失敗したら全力で逃げるわよ。」お香の背後で小さく、しかし鋭く吹は告げる。
何をするのか、実のない者が行うのは古今東西ははったりだ。
吹は鈴を鳴らしながら大きく息を吸った。
百足と打ち合うお香の背後で高らかに鈴を鳴らし、吹は音声をあげる。
「さあさ皆々御覧じろ!」
「仇なす妖の末路やいかに!騒げや喚け皆の衆!」
芝居がかった大音声である、吹の通力で郷衆に届くよう工夫している。
そして日中の立ち回りから弥平達との出会い、般若との立ち回り、郷入りと疲労が残る吹の最後の通力と言ってよかった。
残りは逃げる体力のみ。
赦せベーコは置いて行く
実の所、見ず知らずの郷の人達にそんな期待をして良いものか、いや良くないと吹は思う。
しかし今更引き下がれる物でもない。
その時篝火が一つ二つ大きく動くのに吹は気が付かなかったが、「おおおおおお!」という雄たけびと共に太鼓の音が鳴るのには気が付いた。
弥平が村祭りの太鼓を打っている。
続いて、笛、鐘と鳴り始め篝火も大きく動き始めた。
動いてくれたぁ・・・と吹は泣きそうになった。
篝火を焚き、笛に太鼓に鉦をならし郷はあたかも夏祭りの様相になった。
暑気払いの夏祭り、などと言うが祭りが払うのはむしろ穢れ。
祭囃子で律を取り、飲んで歌って皆で楽しく盛り上がる、そこにある陽気を穢れは最も嫌う。
祭りと言うのは大雑把ながら穢れを祓う清めの儀式と言ってもいい。
「良いぞ皆々!騒げや喚け!」と吹は音声で応える。
元気が出るのは吹も同じである、弥平が動かなければ目も当てられなかった。
文字通りのお祭り騒ぎで百足の動きが鈍ったところにお香は一撃を加える。
両断、とはいかないが動きを止めるには十分だった、吹は懐から榊の枝を取り出し動きを止めた大百足に刺す。
薙刀の一撃を防いだ百足の甲が榊の枝を通した、榊の枝で穢れを祓ったのだ。
榊の枝に向けてお香がさらに一撃を加えこれを両断。
崩れ落ちた大百足を見た郷衆は歓声を上げ、祭囃子の調子も上がる。
**** 余談 ****
荷牛
牛は多くの文明で駄獣・輓獣としての利用が行われてきた。
近代的な交通機関の普及まで、牛は肉や乳の利用よりも動力源としての価値の方が重要視されていた。
**** 余談 ****




