【景色 一:二人旅】
シナノは草深く山険しい。
海がないこの国は平坦な地は少なく、田園が広がるような風景はあまりない。
しかし水は美しく、鳥獣多く果樹穀物の実りも豊か。
神代の頃から人々の営みがあり、村が出来、国となった。
人たちも土地を愛し、樹木で作る工芸品なども発達したようだ。
それなりに豊かなシナノは治安も良好、他国とつながる街道もある。
シナノを通る街道の一つに東山道がある。
主要な街道だが、国外れともなれば道幅もせばまる。
山中の道であるので勾配あり、左右は落葉広葉樹の深い緑が玄々と広がる。
ブナやミズナラが茂る森は役に立つ草木鳥獣もあり、猟師の出入りもあるが獣も賊もでる。
大きな町から離れれば治安など期待できない。
その街道に旅人がある。
不用心にも女性二人連れ、荷物を牛に積んでいる。
旅と言うには多い荷だ。
シナノに向かうであろう方に進む二人は旅装に身をつつみ、山路を行く女性は、吹と香。
二人旅にしては多い荷物を牛に乗せての道を行く。
「お香さん、お香さん、旬の食材で作った餡を衣で包んで囲炉裏で焼くんですって。美味しそうじゃない?」と相方の娘に話しかけるのは吹。
吹の年頃は番茶の出鼻も過ぎた頃と言う感じか、世間的には行き遅れと言われるかもしれない。
虫垂れ衣の旅装は笠から垂れる薄布で良く見えないが袿に単衣、掛帯と夏の暑さにはつらそうだ。
更に吹は細長い袋を前に抱えている、紐で体に掛けているようだ。
道々入手した東山道名所を記した冊子を手にシナノ名物を語っている。
「あと川魚ね、山女が美味しいらしいわ」何やら楽しそうに旅行記を語る娘は吹、牛の前を歩いている。
「いいわね」とお香さんと呼ばれる娘の返しは素っ気ない。
牛の後ろを進み、周囲を伺っている様子だ。
お香も旅装だが、振り分け荷を持ち、合羽の下は袴。
動きやすそうだ。
長物を抱え、冊子を持っている吹に対し、杖を手にしている。
しっかりした石突きが付いたのその杖は普通のものではないように見える。
吹より背高く、落ち着いた雰囲気は吹の姉的な立ち位置かなと思わせる。
「もう、お香さん・・・」冊子から目を離した吹の目に路傍の道祖神が目に入る。
道祖神は路傍の神とされ、人里離れた街道のにあるこの道祖神はさしずめ旅の神という所だろう。
風雨に耐え神さびた感じはありがたみがあると言えるが、特に珍しいものではない。
今までの道中も道祖神に石仏含め数多くあり、気が付かない物も多いが、今吹はこの道祖神から目が離せない。
金縛りとかそう言ったものではなく、なんとなく目が離せない。
例えて言うなら無責任な上役に面倒な仕事を押し付けられるられるような・・・
唐突におそわれたもやもや気分の中、お香が囁くような声で告げる。
「吹、鳥の声が」
緑濃い樹々に囲まれた森の静寂は、風の音、水のせせらぎ、鳥の声と中々に賑やかだ。
その始終さやいでいる鳥たちが鳴き止んだ。
不意の静寂は緊張を呼び寄せる。
足を止める吹とお香は緊張をはらむ静けさの中、辺りを伺う。
そして喧噪はすぐに訪れた。
「うわぁお!」と男たちの叫びが街道に響いた。
次の刹那、茂みから現れた男たちが、道祖神につまずき街道に転がり出た。
同時に、静まった鳥たちが一斉に飛び立つ。
吹が身構え、杖を構えたお香が前に出る。
「待て待て待て待て待て待て待て待て!怪しいもんじゃない」
こちらに気が付いた男たちも叫んでいる。
そう、この者達ではない。
もうその気配が迫って来ている。
妖気。
男たちは逃げて来たのだろう事がすぐに察せられる。
鳴き止んだ鳥たちだったが、今度は森自体が叫んでいるような声と共に飛び立つ。
樹々は風ではない衝撃にざわめく。
「妖」吹が絞り出すように呟く。
冊子を懐にしまい、牛の方に回り荷から素早く何かを取り出した。
神楽鈴と言われる祭祀などに使われる鈴だ、どうやら取りやすい所にいつもあるらしい。
吹の表情は平静ではあるが、額には汗がにじむ。
牛の後ろにいたお香は笠を捨て、吹を護るように前に出てる。
杖を正眼に構える。
総髪を後ろに送り、大きめでかつ印象的な鉢巻きで抑えている
こちらも慌てた様子はない。
男たちに目もくれず、吹とお香の注意は道祖神の向こうに吸い込まれる。
「きゃははははは!」癇に障る哄笑が響く、子供の声のように聞こえ、猿のようでもある。
街道の道祖神、その背後の森から現れたのは細身ではあるが、優に六尺以上はあるであろう体躯。
長く乱れた髪、衣も身に着けてはいるがこれも荒れている。
首が垂れた頭にある眼窩は目が無いように見えるが、両の手に赤子の頭のような物を持っている。
気に障る哄笑はこの両手の顔から出ているらしい。
その赤子は爛々とした目を吹に向ける。
**** 余談 ****
街道
日本における古くから存在する陸上をつなぐ交通路・道路のことである。
つながる場所としては街・集落であることが圧倒的に多いが、一方で人里離れた神社・寺院であることも多い。
**** 余談 ****




