表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

【通力 二:芝居】

社の敷地は日頃からの祓い、清めが行き渡り、(けが)れの侵入が少ない。

故にスワの町衆の避難所的な状態だ。


町衆の有力者も何人かは来ている。


事態は急を告げている、今まさにハチメンは力を蓄えており、明日には攻勢をかけて来るかも知れない状況である。

そんな中、八重の打った一手は”夕飯”だ


イワナの煮つけに大根の味噌汁、やたらと言う野菜ふりかけを乗せたご飯と普通に夕飯として立派な献立。

腹が減ってはなんとやら、というやつである。


席の趣旨に関しては吹も理解できる、事態が急すぎて作戦も何もない。

(ふき)とお(こう)自体、水弥(みや)八重(やえ)以外の人は知らぬ顔だし、ミツハとカヤに至っては(あやかし)そのものだ。

霧の状況もさながら、主立つ者に顔見世を優先したのだろう。


「やったー、あたしやたら大好きなんですよ」と水弥

「このイワナはスワ産かな」とカヤ

「良いよい、(ひな)びた食事も嫌いではない」ミツハは笑顔だが何故か上から表現だ。


カヤとミツハが普通に食卓に居るのも違和感だが、吹がより大きな違和感を感じたのは抵抗なく受け入れている水弥に対してだ。

「・・・水弥、知ってる?この天狗があなたを半死半生にしたのよ」と吹

「ほうたったかしら」やたら飯を頬張りながら呑気に返してきた。


「そんな事もあったな」カヤも他人事のように続いて来た。

吹は複雑な表情を浮かべている。



「ミツハ様、今の状況ご教示お願いできますか」と八重、主催している立場上か八重は箸をつけていない。


「この席でか?」とミツハ

「急場でありますれば、是非に」と頭を下げる八重

「ならば八重、お前も食べよ、語って聞かす」とミツハ


席の主催は八重と頼道だが、大妖ミツハに敬意をしめし上下の判りにくい席次になっている。


社の者として、頼道、八重、杉蔵他4名の宮司、水弥を含む3名の巫女。

他に吹、お香、ミツハにカヤとこの座敷に並ぶ。


「もう皆判っていると思うが、この霧はハチメンの(けが)れ、古い言い伝えによるあのハチメンが今蘇ろうとしている、いやもう蘇っておるな」(ふところ)から扇子を取り出し、口元を隠しながらミツハは語り始めた。

「霧により穢れを増やし、妖気を呼び込み、彼奴は今体を作っておるように見える」カヤが補足する。

親孝行な娘だよね・・・と吹は思う


「ならば今のうちに、体が出来る前に潰してしまえば良いのでは?」と杉蔵(すぎぞう)が聞いて来た、もっともな意見と言える。


「もう大分強いぞ、今日一か所見て来たが穢れの臭みで敵わん」つミツハ

「通力持ちがあと十人も居れば考えられるが、この状況ではあたら能力をすり潰すだけじゃろうな」


「ではどうすれば」今度は頼道(よりみち)が聞いて来た。


「何をするかより先に、何が起こるかを考えるべきじゃな。物事には順番がある」ミツハがぴしゃりと言う。

「上から見た所では7か所で穢れが集結しており、今日の夕刻の段階で結構な規模になっている」カヤが再び状況の補足をした。


「倒せぬまでもせめて物見だけでも行かせるべきでは?」頼道の提案は現実的と言える。

「もっともな事だが、迂闊に近づけば般若となってハチメンと共に襲ってくるぞ」とミツハ


「他の郷は・・・」当然の疑問を水弥は口にした。さすがに食事の手はとまっている。

沈黙している八重の表情は険しい。


この先、ではなく今現在各郷にハチメンの脅威が発生していると考える方が無難であろう。



”いけない”と吹は思う、不吉、不安、恐怖、不快は穢れを呼び込む。

ただでさえ避難民があつまり社の境内も不安と不満で溢れている。

この座にいる者はこの社そのものといって良い面々、この座がこんな暗鬱な空気に飲まれては、清められている社にも穢れが発生するというものだ。


この座は、館の奥まった座敷ではない。

縁側を経た仲庭には避難民も何組か来て小さいながらも話し声がする、虫の声も同時に聞こえる程度だ。


吹は何を思ったのか、そんな小さな喧噪に懐から出した鈴の音を織り交ぜる。



「ともかくもこれから起こるのは、ハチメンの具現化じゃ。霧を起こし、穢れを集め、死霊を呼び、付喪が湧いていることから明確じゃな」

ミツハは静まった周囲を見ながら状況説明を続ける、気のせいか声の張りが一段増しているような。


「ざっくり言ってどうするか、と言う事に関しては逃げるか耐えるかではないか?」細かなことなど神様でも判るまいという顔でミツハ言う。

「逃げれば、助かるのでしょうか」と八重が珍しく気弱な顔をしている。


「分からぬが、ハチメンは古くからこの地に執着を持っているのじゃろう?嵐のように去ってくれるとは考えにくいの」ミツハは答える。

「スワのお水からここら辺り一帯が穢れた妖が支配する魔界になる恐れがあるな」とカヤが補足する。


「安心せい、遠い昔には同じようなことが有ったらしいぞ。その時は都の軍勢との年単位の戦になり、多くの血と穢れがひろがり、何やら今まだ人が住めぬと聞くがの」ミツハはしゃべり過ぎた、という言葉を残して白湯を飲み干した。


喰えと言われ、箸を持って居る八重だがとても食事をする気にはなれない。

「そして耐える、というのはしないほうが良い。土地への執着を持った穢れとなり果てるのが落ちじゃな」ミツハのその言葉は妖が言う分説得力があった。


「ぜ、絶望的じゃないか」皆が声を失う中、頼道が絞り出した声がそれであった。

正しい状況分析といえる。


「普通に考えれば逃げるのが正解だ、ただ逃げた先から帰ってこれる保証はない」状況分析に一応のまとめを告げるカヤ

「まず、帰れないじゃろうなぁ」とミツハは止めを刺すように言い切る。


「・・・・・」八重は端座している。

「八重様」その姿を見て水弥と巫女たちが駆け寄る、八重は端座したまま涙を流していた。

答え等出せない。


逃げろという指示を出すことも出来るであろう、しかしもう代々の祖先が守ってきた土地を失うなどと言う選択は難しい。

耐えろという選択肢、これはハチメンに蹂躙されろ言うに等しい。

戦えというにはあまりにも敵は大きく捉えがたい。


沈黙が座を支配する、筈だった。


その沈黙を切り裂くように鈴の音が部屋中木霊し、「あっははははは!」と場違いな哄笑も響く。

「吹さん」茫然と呟くのは水弥、八重も何事かと見守るしかない。


「もう答えは出ているではありませんか!」と吹が声を張り上げ縁側に望むふすまを明けた。


そこにはスワの町衆が集まっていた。

「先ほどの評定は、もう皆々様も聞いておられます」と吹、風の通力のなせる業だ。

「八重様、スワはもうダメなのか」「わしらどうなってしまうんだ」「土地を出るの嫌じゃ」「死にとうない」

町衆は口々にざわめく。


「皆々あ!逃げたいものは逃げよ、残るのであれば悪鬼ハチメンに対する手を尽くせ!」と吹

・・・芝居がかった物言いになってる・・・と水弥は思った。


「されば吹殿、何か手が」と八重も通力含みの音声を町衆に聞こえるように上げた。

吹は八重に正対した、そこにあるのは勝負に勝った者の笑顔だ。

「これより祭りを執り行います!」


くるりと鈴の音を響かせながら振り返り、今度は縁側の町衆を望みつつ一世一代の音声を響かせる。

「四方より来るハチメンを、このオオヤシロが迎え撃つ。各々方祭りじゃ祭りじゃ支度せよ」


「明日には始めるぞ、笛や太鼓の鳴り物に神輿や舞で向かい討つ」

「みなみなみなみなみな!祖先伝来のこの土地を豊饒を皆で守りぬこうぞ」


「おおおおおおお」といつの間にか町衆の最後尾に来ていたお香が一人鬨の声上げた。


お香の声を聴いて水弥が即座に続いた

「社はハチメンと戦います、皆さんお力を!」

「よいさぁ」この地域の祭りの時の掛け声である、社の面々が水弥の声に被せるようにつづけた


呼応するように町衆からも声が上がる。

「よいさぁ!よいさぁ!よいさぁ!」町衆の声に吹の通力を被せ多分スワの町中に響く鬨の声となっているだろう。



吹は再びくるりと振り返り八重と水弥を見た、今度は芝居がかっていない声で(ささや)く。

「嘆いても仕方ありません、死ぬときはスワで死にましょ」


八重は覚悟を決めたように一つ、頷いた。


**** 余談 ****

祭り

祭は元の意味は神仏や祖先をまつる行為や儀式を指す。

供物をささげて祈願・感謝、あるいは慰霊すなわち霊を慰めることなどを行う。

祭祀、祭礼、祭儀とも言う。

**** 余談 ****

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ