【八面 五:お祓い】
スワの町は濃い霧のせいで時間感覚もおかしくなっているが、明け方とかは判る。
町中では付喪が踊るようにカタカタと動き回っている。
鈴の音を響かせ、ゆっくりと律を取る鼓、そして鉦を鳴らしその行列は進み始めた。
木の枝を振り、霧を祓う巫女と続き、木の枝を持つ巫女は最後尾にも3人居る。
吹中ほどの場所に並び、鈴をならし通力によって音声の通りをよくしている。
行列の者たちは顔に化粧を施され、通力的に能力向上をされている。
化粧は水弥の仕事であり、水弥は吹の背後に居る。
「さすが大社は人手が居るわね」吹が小声で水弥に話しかける。
「祭りの時などは町衆の方々の協力もあるのでもっと多くの行列が出来ますよ」と水弥
「ふぅん」あちらこちらきょろきょろする吹
目的は穢れを祓うと言う事になるのだが、付喪の発生と町衆の動揺を抑えるという二次目標がある為、人の多く住んでいる辺りを軸に行列を進めると言う事らしい。
水弥はともかく吹はこのシナノの町は詳しくないので行列の補佐役に専念している。
そう吹はおとなしく、街並みを確認し、町衆の様子を見、妖の穢れの性質を確認し、言われた事を粛々と実行している。
敵の正体、出方が不明のこの状態で面前の穢れを祓うのは悪い手ではない。
と言うか必要だ。
多分ハチメンはこの霧で自らの強化を図っているのだから。
そのハチメンは何処に。
これは今八重が手配している。
八ケ所の要石を確認の要を説き、館を動かそうとしている筈だ。
どうやら霧の穢れが覆っているのはお水周辺だけらしいが、各要石も異変がある筈である。
対策はまだできないが、状況を確認せねばならない。
八重さんがんばれと吹は他人事のように考えながら行列での勤めを果たしていた。
町の穢れは気が遠くなるほど巨大だ。
こんな真似ができる妖はよほど・・・
行列がお祓いを行いながら町中を進んでいると、それなりの効果はあるようだ。
動き始めた付喪が止まったり、霧に浮かび上がった霊が霧散するなどの効果が出ている。
しかし町はそれなりに広い、穢れや付喪がじわりじわりスワのお水の上に追いやられてきた。
祓いきれずに追い込まれた穢れが水の上でとぐろを巻き始めた。
穢れは穢れで、祓いから逃げているのではないか?
「水弥、あれはまずいわよねぇ」気が付いたのは吹はお水の方を示した、よそ見していただけはある。
水弥が示された方を見ると、霧が濃くわだかまる辺りに付喪が集まり始めている。
掛けた食器、穴の開いた桶、鉄輪の壊れた車輪、手入れのとどこった鎌、あの板は大八車かな
ゴミ捨て場でもあったのか、それとも捨てるのを面倒がって家の片隅に有った壊れた家具が付喪化したのか。
「あ、わんこの死体もあったのね」と水弥が嫌そうな声で教えてくれた。
死体と言うのは元々動く機能が有るからなのか、付喪より強く速い。
人の、しかも新鮮な死体に強い穢れが合わさると大分強い妖が出来る事がある。
場合によっては意志が宿ったりもするが、それは本当に稀な事とされている。
ご遺体は丁重に弔ってほしいと吹はせつに願う。
「船で近づけば効果的なお祓いも出来そうだけど、多分足場が悪くて戦えないでしょうね」と吹は水弥に小声で言う。
行列のお祓いを中断させたくない配慮だ。
「ではどうすれば」と水弥も困惑する。
お水の真ん中という訳でない、大分町寄りだ。
風向きと町の位置からの関係で穢れがわだかまったんだろう。
わだかまりでも力は力、あの穢れは普通の人が箒で払えるようなものではもはやない。
「八重さんが私をこの行列に入れたのはそういう事ね」吹はあきらめたような顔で呟く。
「水弥、私達行列を抜けるわ」吹は水弥に告げる
「あぁ、はい、お願いします」目的は判るので、素直にお願いする水弥。
「お香さん、あいつをこちらに引き寄せるわよ」と吹がお香に声をかける。
「うん」と珍しく笑顔を見せる吹、どうやら暇だったらしい。
「どうやって引き寄せるの?」と素朴な疑問を問いかける水弥。
「こういうのは、単純に考えるモノよ」と残し、吹とお香は行列から離れた。
吹が抜け、風の通力による清めが弱まってしまったが、今の霧に対してはまあまあ現在の行列で有効だ。
こちらの心配はまあまあ大丈夫だが、吹とお香さんは・・・と水弥が様子を伺うと・・・。
「こぅらあこの役立たず!こっち見るぉう!」と吹の大声が聞こえて来た。
お香さんも薙刀を背負い、釜を叩いて注意を惹いている。
通力を使った音声とかではない、単純な大声のようだ。
「んんん?」水弥が背後の吹に気を取られていると、祓いの行列の進行も進みが悪くなった。
「あ、皆さんすみません!あちらは吹さんにお任せして私たちはお祓いを続けましょう」と行列は粛々と歩を進めた。
さて吹
妖を倒すなら通力で穢れを祓って倒すのが真っ当な段取りだが、今回は穢れの妖を呼び寄せる所から始めなきゃいけない。
この妖は清め、祓いを嫌う、ならばどうするか。穢れを装いつつ注意を惹く。
大雑把な説明だが不潔、喧噪を穢れは好む、だから吹は罵声をあびせて呼び寄せようとしている。
「ビビっとるんかガラクタぁ!」
水上のわだかまりに動きが見えた、小山程度というと言い過ぎか。だが小屋程度の大きさになっている付喪や死霊の集合体がこちらを向いた。
お香も拾った棒切れで付喪なりかけの鉄釜を乱打する。
集合体が蛇のように近づいて来た、意外に早い。
その移動に合わせ後ろに下がる吹とお香、後ろに下がるというより水から離れると言う方が正解だろう。
「お香さん、陸に揚げたら退路を断つわよ」とお香に声をかける。
お香の返事は小さく頷くだけだ。
「おそいおそい!何やってんだこのぶっ壊れどもぉ!」と吹も拾った棒切れで転がっていた桶などを叩く。
ぐわらぐわらと音を立てて妖、と言うより生まれたばかりの穢れの塊が上陸してきた。
「やっぱりあれね、赤ちゃんね」と吹は棒切れを捨て、鈴に持ち替えた。
そして穢れを軸にくるりと回りお水側に回り鈴を鳴らし、舞う。
お香はその吹と妖の間に入り、妖の動きをけん制する。
穢れに満ちた霧の中だが、今しがた祓いの行列が通った場所でもあり祓いの風は割とすぐ通って来た。
先ほどの無秩序な罵声と異なり、律を整え、拍子を刻む鈴の音に合わせてくるりくるりと舞を舞う。
その舞に合わせ穢れを祓う風が起きた。
「お香さん、今!」と声をかける吹
吹の鈴の音に合わせ、薙刀を舞うように旋回させて妖に一撃を加え動きを止めた。
背後で吹は鈴音の速さと大きさを上げていく。
妖から見たら薙刀を振るうお香の唸り声にでも聞こえたかもしれない。
「いやぁ!」と珍しくお香が声を放つ
一撃めの旋回のまま二撃、三撃と加えるお香
吹の通力もあるのだろう、付喪の妖はそのままガラガラと崩れてしまい、纏いつく死霊も霧散した。
通力の風により周囲の霧も少し晴れたが、すぐに視界は霧により元に戻った。
**** 余談 ****
付喪神
日本に伝わる、長い年月を経た道具などに精霊(霊魂)が宿ったものである。人をたぶらかすとされた。
また、『伊勢物語』の古注釈書である『伊勢物語抄』では、『陰陽記』にある説として百年生きた狐狸などが変化したものとしている。
現代では九十九神と表記されることもある
**** 余談 ****




