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【八面 四:付喪】

霧に含まれる(けが)れも所謂(いわゆる)”清らか”を嫌うので、どこにでも広がる訳では無いようだ。

通力的なお(はら)いが発生させる清らかもあるが、掃除や手入れが行き届いた清らかもあり、霧の中の穢れもその行き場に(むら)が生じている。


例えばに社の内側には霧は入り込んでも穢れは少なく霊的な話も妖の話も無かった。

館の中はそこそこ手入れが行き届いているけれど霊的な報告はまあまあ有った。


スワの町中は出入りが多い分の猥雑(わいざつ)さがあり、穢れが形を取り易いようだ。


吹は興行師(こうぎょうし)が町を練り歩くように鈴を両手に鳴らしながら歩く。

「見事な物ですね」共に歩く八重が感心する。


霧が晴れる、と言う事は無いのだが人の形を取ろうとした霧が朧げになったり、すでに死霊と化した霧が遠巻きに離れたりしている。

「様子を見ているだけです、私も、多分相手も」と吹


お香は先頭に立っているが若干(じゃっかん)暇そうだ。



町中も様々だ、霧や死霊を恐れ扉を閉ざすものが多数だろう。

中には死霊を拝み始める者や付き従おうとする者も居た。


時々吹の鈴の音を聞いて我に返っている者も居るようだ。


霧が濃いので町中の人達は鈴の音を鳴らして進む吹たちを怪異の類と見ているだろう。

そうでなければ、スワの名士である八重に助けを求める人が出てきそうだ。


「霧が濃くて良かったですね、八重さん」と吹

「まあ、そうですね」八重も雑談をする程度に状況に慣れて来た。


すると四方からカラカラ、ガラガラと木や金属などの物がこすれたりぶつかったりする音が鳴り始めた。

「あー、始まりましたね」よ吹。


主に壊れた食器や家具、道具などが霧の中で勝手に動き始めたのだ。

併せて町中から悲鳴や文句などの人の声も出始めた。


器が妖となり、人を介さず動き始め、人が驚く。

(あやかし)の怪異としては最も一般的な現象だ。


「物を大事にしないからよ」と吹は呟く、これに関しては人も罪がある。

壊れたり、粗末に扱われた道具類は穢れが寄りやすく、付喪になりやすいのだ。


お祓いまではする必要は無いが、燃やしたりキチンと捨てたりすればこんな事にはならない。


「これはアレですね、色々落ち着いたら器物祓いの祭りでもしましょう。賑わいそうです」と八重は不適切な笑顔をみせた。

「素敵ですね」と吹も相づちを打つ。



市中の様子を見ているうちにスワの社に着いた。


流石に鳥居を越えるたびに穢れは薄くなったが、敷地に入ると霧すら薄くなった。

ただ日もくれ、夜になってしまった。



「八重様ぁ」と水弥が飛び込んできた。

スワの社は大社(おおやしろ)と言うだけあって従事している者は結構多い、だが通力を使えるのはこの水弥と八重だけなのだ。

まだ若年で役職もけして高くない水弥だが、八重の後継的な目では見られている。


八重無き状況でこの怪異が発生し重圧を感じていたのは有ったであろう。


「水弥、ご苦労でした様子を見ればわかります」と八重は抱き着いて来た水弥を撫でる。

「はいぃ」と水弥は半泣きだ。


「八重、戻ったかい無事で何よりだ」頼道も迎えに出て来た。

「遅れて申し訳ありません、今戻りました。」八重の表情がすこし緩んだ。

おやおやという顔で吹が和らいだ八重の顔を見ている。


「館の方には釘を刺しておいたよ、状況判るのかい?」頼道は事態の異常さを認識しつつも落ち着いた声で問いかける。

「対策の必要があると思います、お時間をいただけますか?」


八重は水弥と吹を呼び寄せ小声で伝える。

「大仕事になります」と水弥も吹もお香もそれは判っている。

「水弥、吹さん達に食事とお茶をお出しして。今はお前も休んでていて」と告げ、八重は頼道と共に社に入っていった。



「八重さん、ご家庭は円満そうね」と吹

「当主の頼道様、愛妻家なんですよ」水弥も微笑みながら説明する。


「さあ吹さん、食事をお出しします。窟屋(いわや)でのお話を聞かせてください」と水弥

なにかつっかえが取れたような晴れやかな笑顔である。


今の状況にはそぐわない笑顔だなぁと思ったが「むしろありがたいな」と声が漏れてしまった。

「何ですか?」と水弥が言う。


「いや、お腹空いた。ね、お香さん」と吹が言うとお香は深くうなずいていた。



吹とお香はは境内が見える縁側に通された。

境内は穢れこそ入ってこない、けれど霧が漂い風も滞っている。

お世辞にもさわやかとは言えないが贅沢を言う状況でもないのは吹も理解している。


食事を持ってきた水弥は昨夜の出来事を遠慮なく尋ねて来た。


「え、あの妖、良いモンなんですか?」と水弥が目を剥いた。

「騙されてません?」と追い打ちもかけてくる。


「まあ無理もないわね、私も自信ない」と吹も笑ってごまかす構えだ。

「やっぱりお米よねぇ」と野沢菜漬けとキノコ汁でいただく夕餉(ゆうげ)を堪能していた。


「ともかくも今はこの霧よ、ねえ聞こえないカランコロンと何かが転がるような、ぶつかるような音」水弥を試すように問いかける吹。

「・・・聞こえますね」と水弥


「付喪が沢山生まれてるのよ」吹は外を見て来たからよくわかる。

「何のために」と水弥、当然と言えば当然の疑問だ。


「目的は解らないけど、恐れや恐怖は穢れが最も好むものよ、ハチメンがそれ系の妖なら悪くない一手よね。多分死霊や般若も生まれているわ」吹は美味しそうにお茶を飲みながら語る

「・・・ご飯を食べている場合では・・・」水弥は嫌そうな顔で返す。


「場合よ、八重さんが言っているように何か大きな事が起こるはまず間違いない」とお茶のお替りを要求する吹「まずこの霧を祓う所から始めることになるでしょう、そうすると」

「私たちの体力」白湯を注ぎながら答える水弥。

「ご名答」どや顔の吹。


「外は大変なことになっているけど、道々見た限りでは人死になどは今の所出ていないわ」吹はお湯を飲み飲み状況を語る。

「でもこの霧はずいぶんと広範囲よね」水弥は不安そうだ。


「多分今八重さんは大人の方たちと効果的なお祓いを考えてる筈、私たちは私達で今出来ることをやりましょ」と言いながら座布団を折りたたむ吹

「今、できること・・・」水弥は思案顔になっている。


「胆を据えて休むわよ、力はうまく使わなきゃ」吹は笑顔だ。

「力は吹と水弥」と食事を済ませたお香も珍しく会話に入って来た。


「使い方は八重さんに任せましょ」と吹は達観したような、諦めたような顔で寝ころんだ。


**** 余談 ****

野沢菜

アブラナ科アブラナ属の二年生植物。

日本の長野県下高井郡野沢温泉村を中心とした信越地方で栽培されてきた野菜で、特産の野沢菜漬けの材料とされる。

高菜、広島菜とともに日本三大漬菜に数えられる。

別名、信州菜

**** 余談 ****

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