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【八面 三:霧】

夜半にホダカ(きょう)に着いた八重(やえ)(ふき)、お(こう)はそのままホダカの(やしろ)で一夜を過ごした。

様々に考えることがあり眠れるかわからなかったが、布団を見るなり気を失う吹の世話をし、お香も眠ると子を寝かしつけた母親のような気分で八重も寝てしまった。



夜空には月が君臨し、星の広がりはあるが女王にかしづくように静かに輝いている。

澄み渡るように見えて風の流れが周囲を伺っているのは多分吹の通力だろう。


抜けたように見せて抜け目のない娘だ、と思った所で八重は我に返った。


空を、飛んでいる。

・・・ああ夢か、なるほど。


ここはホダカの上空、スワの方角にお水があり、遠いにも関わらずお水から主様が頭を出してこちらを見ているのがわかる。

主様(ぬしさま)、お久しぶりです」八重はスワの方角を見て挨拶する。


するとお(みず)の主様はとぷんと水の中に潜った、潜るとお水がお日様のように光りだした。



朝日が八重の寝顔に差し込んできて八重は眠りから覚めた。

「・・・(つとめ)めさせていただきます」と小さく、だが何かを覚悟したように呟いた。



朝、世話を焼いてくれた宗兵衛に礼をいいスワに向かった。


「八重さん、これから何が起きるのですか?」べー子を牽きつつ吹が尋ねた。

お香はべー子の後ろに付いてきている。


「昔この地に封じられた大妖(たいよう)が今目覚めようとしているのは、本当のようです」


「カッパとテングの言う事を信じるの?」と吹、吹にもよくわからないのだ。

「神託が、ありましたので」苦笑い的に八重は返す。


「・・・・」吹は苦笑いでも、驚きでもないなんとも微妙な表情で八重を見た。




吹とお香と、八重が心配で昨夜はよく眠れなかった水弥もスワの(やしろ)でこの日の朝を迎えスワの町中を覆う霧を茫然と見ていた。


霧に濃淡有り、火の玉のように彷徨うモノ、人の形を取ろうとするモノ。

通力持ちの水弥にはわかる、この霧は穢れだ。


スワのお水は周囲に町が出来上がるような人が集まる場所だ。

社の祓いも行き届き、霊や穢れはそうそう近づけない、筈だった。



身支度もそこそこに社の外に出ると日の出と共に社の掃き掃除などをする同僚が固まっている。

「外の霧の中に人が・・・」と同僚

「人は、いるでしょう?」と返す水弥だが

「透けてるのよ」と水弥の服をつかみ震えている。


さすがに社の中にはいないが、敷地の外、お水、スワの町並みに霧が広がり、蠢くものが見える。


権禰宜(ごんねぎ)を務める杉蔵(すぎぞう)は異変に気付き周囲を見て来た、スワの町は概ねこんな感じだが、嫌な物を見たという。

「五年前に他界した母がね、お水の上を歩いてたんだよ」と杉蔵


水弥も顔をしかめるしかなかった。




(やかた)の当主頼守(よりもり)はこの日、付近の異変を聞き頭を抱えていた。

スワの館もお水からそう遠くない、通力的な工夫もない館にも霧は入り込んでいる。

頼守は年の頃なら立派な大人だが、まだ若者という表現が似合う風貌である。


「どういう事なんだ?」

「どうすれば良い?」


近習(きんじゅう)を捕まえて問いを発しても要領を得た答えなど出るはずもない、問題は怪異、幽霊なのだ。


庭から見える池のほとりでわだかまった霧が気のせいか先代である父親に見えるような気がしてきた。

ありえない話だ。


「社の八重殿を呼べ」と申し次に伝える頼守

「あ、お館様申し訳ありません、宰領は今外に出ておりまして」と笑顔の男が入って来た。

この男は、頼道(よりみち)。八重の夫であり、社の宰領を補佐している。


「叔父上」と頼守

「お館様(やかたさま)、申しているではありませんか、私の事は頼道と呼び捨てください」


「あ、ああ頼道殿、何かご存じですか?」


昨夜ホダカから水弥を帰した時に八重は頼道宛てに状況を記した文を渡していたので状況のあらましは説明できた。

ただこの霧騒ぎまでは説明できないが、そこは、ごまかした。


「妖が、このスワで」頼守も国主として渋い顔をせざるを得ない。


「この騒動は(やしろ)の領分ですなぁ。大人の皆様も困惑していましょうが、ここは社に任せて大きく構えて下されませ」と扇子で霧を扇ぎながら頼道は言う。

「ただ民に動揺が起こる場合は館にご助力を賜ることになりまする」と再び霧の中に消えた。


頼守は霧でなく狸にでも騙されている気分になった。




スワのお水は周囲からも低い所にあるので、ホダカからスワに向かう八重と吹、お香は道中まだ明るい頃に高みからこの霧を見た。

「どう思います、吹さん」と八重

「どうもこうも、ハチメンなんでしょう?」と吹が返す「あの河童はこんな面倒な事するとは思えないです」


人も妖も性根なんてものは判からないが、あの河童は多分本当に面倒が嫌いそうだと思っていた。

「今の今まで、河童と天狗が嘘を言っているのか本当をいってるのか判断できなかったけど、今なら本当の方に賭けますね」と吹は言う。


通力(つうりき)を操る者ならこの霧に妖気と穢れが含まれるのがよくわかる。

これは死霊の霧だ。


八重も同意見だが、一刻も早く社に戻りたい、急を要すると思うが初動を誤りたくない。

社の者たちも動揺しているのではないか。


吹も霧の狙いが分からない、現在霧の外側に居る利点もあり判断に迷いがある。

「それにしても凄い妖気、(むくろ)なんてあったら般若(はんにゃ)を沢山生み出し・・・」という所で吹は閃いた

「あの霧、もしかして、付喪(つくも)を沢山作りたいんじゃ」と吹


「なるほど、そうかもしれませんね」八重は檜扇(ひおうぎ)をだし、前を向いた。

「入ってみるしかないですね」と吹は両手に鈴を持ちべー子を牽く。

お香は仗に刃をつけ薙刀にして八重の前に出た。



「すっかり逃げ損ねましたよ、私」悪びれもせず、八重に言う吹

「良かったです、頼りにしますよ吹さん」そんなこと知ってましたよという顔で八重が答える。



雲の中に入るような気分で、八重と吹とお香は霧の中に入っていった。


ホダカからスワまでは下りなので、べー子連れでも来た時より早く着いた。

だが多分此処から社に着く頃には夜になっているだろう。


**** 余談 ****

地表近くの空気中に細かい水滴が浮遊するもので、普通、空気が白みがかって見える。

水蒸気を含んだ大気が冷やされるなどして飽和状態に達し凝結、含まれていた水蒸気が小さな水滴となって空中に浮かんでおり、それが地表に接している状態をいう。

**** 余談 ****

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